■義手
形状と重さを選手ごとに最適化、本番では「つけない」選択肢も
義足の選手に比べると圧倒的に少ないのが競技用の義手をつけたアスリートだ。主に陸上の選手が使っており、義手の選手として記憶に新しいのはリオパラリンピック女子陸上400メートルで銅メダルを獲得した重本(旧姓・辻)沙絵だろう。リオ以降、彼女の義手を作っているのが鉄道弘済会義肢装具サポートセンターの義肢装具士、藤田悠介(32)だ。パラ陸上の競技用の義手としては、重本のほか、三須穂乃香、鈴木雄大を担当している。
陸上競技の義手の役割について藤田は、こう話す。
「走っているときのバランスをもっとよくしようというのが一番の目的です」
重本の義手を見てみると、リオではこれまで主流とされてきたパイプを付けたタイプを使用していたが、「腕を振ると体に当たるから、もっと曲げて作ってほしい。もっと重さを調整してほしい」というリクエストがあり、藤田は、薄くて強度が高いカーボンを使い、義手の内側を空洞にするなどして120グラムという軽量化に成功した。
しかし、重本は「軽すぎて振っている感じがしない」。そこで先端に10グラムの重さを加えたら、今度は「重くなっちゃった。重さ10グラムを真ん中にほしい」。そんな試行錯誤をした後、重本から「軽く作った義手に外側からカバーをはめて重さを調節できるようなタイプを作ってくれないか」と言われ、昨年の6月、最新型が完成。カーボン製の130グラムの本体と、それにかぶせる20グラムと40グラムのプラスチックのカバーを作り、自分で重さを調整できるようにした。重本は軽いほうのカバーを付けたタイプがしっくりいったようだった。
ところが、ここで義手ならではの微妙なポイントが浮上してくる。
つけなければ走ることができない義足と違い、義手は「初めからつけない」「つけていたけれど、やめる」「やめていたけれど、つける」など、さまざまな選択肢があるのだ。ついこの間まで最強のパートナーだったはずなのに、タイムが伸びない、結果が出ない、気分を変えたい、というとき、義手を外してみる、という選択をすることがある。現在、重本は「義手をつけなくてもタイムが上がってきているので、つけない方向で検討している」(日体大・水野洋子監督)とのこと。
藤田は、こう言う。
「個人的には使ってもらいたいですし、海外の選手はわりとみんなつけている印象だったのでつけたほうがいいのではないかなと思いながら、でも、それは監督と選手が決めること。義手には『これが正解』というものがないので悩ましいのですが、改良には力を尽くしました。大会に向けて、ちょっと離れたところから静かに『頑張れよ』と見守っていようと思います。あっ、終わったら、みんなで焼き肉に行こうって話はしていますけどね(笑)」
3人の陸上選手は、義手というパートナーを使うのか、別れる(使わない)のか、復縁する(再び使う)のか、注目したい。