奥多摩のコテージで動物調査の参加者らと団欒のひととき。メンバーは20~40代の若い世代が多い。「いずれは彼ら一人ひとりが子どもに自然の楽しみ方を伝えられるようになってほしい」(今泉)(撮影/馬場岳人)
奥多摩のコテージで動物調査の参加者らと団欒のひととき。メンバーは20~40代の若い世代が多い。「いずれは彼ら一人ひとりが子どもに自然の楽しみ方を伝えられるようになってほしい」(今泉)(撮影/馬場岳人)

■動物の“痕跡”を収集、事実の突き止めに2~3年

 動物学者の今泉は、20年前から月に1度、奥多摩の山に入り、そこに生息する動物の調査を続けている。専門は動物行動学。調査研究の対象は、主に哺乳類全般の分布や食性、繁殖などだ。

 近年では、児童書『ざんねんないきもの事典』(高橋書店)の監修者として今泉の名前を知った人も多いだろう。2016年5月に刊行された同書は、19年9月時点でシリーズ累計350万部を超える大ベストセラーとなった。

 同書には世界中のあらゆる生き物が登場するが、それらの膨大な知識は、学者だった父親から受けた動物学の手ほどきと、幼い頃から山に通い続ける徹底した“現場主義”によって支えられている。

 今年5月、今泉の奥多摩調査に同行した。

 山道を探索する今泉の歩き方は独特だ。常に下を見ながらゆっくりと歩く。時折立ち止まると、地面に落ちている葉や木の実をひょいと拾い上げ、くるくると回転させながら形を確認する。

「こっちはリス、こっちはアカネズミですね」

 今泉から2個のクルミの殻を手渡された。よく見ると、一つは縦に真っ二つに割られており、もう一つは左右に丸い穴が開けられている。

「リスは殻の継ぎ目に歯を差し込んで、てこの原理で割るから断面がきれいなんです。アカネズミは、殻の両側を器用にかじって中の実を食べる。経験を積むほど穴の大きさが小さくなるんだけど、これは少し大きいからまだ若い個体でしょうね」

 動物調査といっても、実際に野生動物に遭遇することは稀だ。調査の大部分は、こうした葉や木の実などの食痕、糞、足跡など、動物たちが森に残した“痕跡”の収集に時間が費やされる。

 今泉にくっついてさらに2時間ほど山道を歩くと、小川にかかる橋の上で動物の糞を見つけた。

「お、これは多分……キツネの糞かなぁ」

 今泉は身をかがめると、パッカブルベストのポケットからデジタル計測器や重量計を取り出し、手際よく糞の長さや重さを測り始めた。

「時刻は17時11分、場所は奥多摩湖近辺の橋、長さ43・6ミリ、乾燥重量3・8グラム……」

 発見した動物の糞や足跡は、全てメモに記録する。日付、天候、気温、発見場所、大きさ、重さ、色、形など、記録内容は実に細かい。さらにデジカメで撮影し、証拠写真を残す。動物の巣穴や獣道を見つけたときは、近くに感熱式の自動撮影カメラを複数台設置して、数年にわたり行動を記録することもあるという。

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