今泉が歩みを止めた。目の前には緩やかな丘陵が広がっている。ここが目的地のようだ。
「ああ……ここは50年前から変わらないなぁ」
今泉は父とこの場所にテントを張り、動物の痕跡を追いかけ、幾度もの夜を過ごしてきた。
「暗くて不安になったときは、痕跡から夜の動物の姿を想像するんです。『きっと動物たちもこちらを見てるんだろうな』と思うと、夜も怖くない」
風が通り過ぎていった。遠くで鳥が高く鳴いた。
次第に先が見えなくなる世界で、どこまで想像力の射程を伸ばせるのか。
目には見えないけれど、確かにいる。現代を生きる動物たちの息遣いに、今泉は耳を澄ませる。
(文中敬称略)
■いまいずみ・ただあき
1944年 東京・阿佐谷に生まれる。父親の方針で幼稚園には行かず、幼い頃は善福寺川で魚をとって遊ぶ。
54年 父、兄と、高尾山でネズミやモグラを採集。標本作りに没頭する。自宅にチチブコウモリが送られてきて、飼育係に任命される。そのほかモグラ、モモンガ、ムササビ、リス、ハトなども飼っていた。
57年 杉並区立杉森中学校に進学。野球部と柔道部に入り練習に励む。
60年 成城高校へ進学。高校2年生のとき、スウェーデン人学者らと富士山麓のコウモリの生息調査を行う。
64年 東京水産大学(現・東京海洋大学)の水産学部増殖科に進学。生物の統計調査などの手法を学ぶ。
67年 自宅に2匹のイリオモテヤマネコがやってきて1カ月間飼育する。
68年 大学卒業後、日本列島総合調査やIBP(国際生物学事業計画)調査に父の助手として参加。父とはヒミズとヒメヒミズの棲み分け調査、兄とはエチゴモグラとコモグラの縄張り分布を調査する。
70年 上野動物園の2代目園長の林寿郎から富士山に生息する哺乳類の調査依頼を受ける。以後、山小屋に一人で住みながら、4年間調査を行う。
72年 絶滅危惧種(当時)のニホンカワウソの生息調査を行い、生息を確認。
73年 イリオモテヤマネコの生態調査を行う。史上初めて野生のイリオモテヤマネコの撮影に成功する。アメリカのイエローストーン公園、ヨセミテ公園などを視察し、野生動物保護のシステムを学ぶ。
84年 インドネシアのコモド島にコモドオオトカゲの調査に行く。
95年 未確認生物のイエティを探して、ヒマラヤ山脈に向かう。道中、ベトナム政府に怪しまれ一時監禁される。結局イエティは確認できなかったが、幻の動物サオラを目撃。
2007年 父が亡くなる。享年93。イリオモテヤマネコの研究を託される。
19年 20年前から奥多摩の動物調査を行う。並行して「富士山動物分布マップ」の調査・作成も進めている。
■澤田憲
1983年、静岡県生まれ。フリーランスの編集・ライター。「AERA」「週刊朝日」で記事を執筆するほか、児童書を中心に書籍の編集・執筆も行う。
※AERA 2019年10月7日号
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