人間は「家畜」の世界。動物の世界とは違う。自然に入らなければ、本来の野生の姿は見えてこない(撮影/馬場岳人)
人間は「家畜」の世界。動物の世界とは違う。自然に入らなければ、本来の野生の姿は見えてこない(撮影/馬場岳人)
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 まるで推理小説に出てくる名探偵だ。森に残されたわずかな痕跡から、今泉忠明はそこで暮らす動物の生態に迫る。それを支えるのは、動物学者の父から受け継いだ膨大な知識と観察を繰り返す行動力。そして時代を超える想像力だ。動物を知ることは、人間を知ること。今泉はいま、自然の手触りを子どもたちに伝えようとしている。

「先生、ヘビ! ヘビいる!」

 調査の拠点となる東京・奥多摩のコテージに入った瞬間だ。先に中に入った同行者の女性が、やにわに寝室から飛び出してきて窓の外を指さした。

「え、ヘビ? どこ?」

 今泉忠明(いまいずみ・ただあき)(75)は躊躇することなく、のしのしと部屋の奥に入る。その後ろを追いかけてガラス戸の外をそーっと覗くと、いた。寝室に接続された木組みのバルコニーの床の隙間から、鈍色のヘビが顔をぬーっと上に突き出している。

「こいつはアオダイショウですね」

 瞬時にヘビの種類を判断すると、今泉は音を立てないようにゆっくりと寝室のガラス戸を開け始めた。捕獲するのだ。全員が静かに興奮しながら、一匹のヘビを見つめる。

 その、ただならぬ気配を感じたのか。アオダイショウは急に体の向きを変えると、海に潜るようにバルコニーの床下に消えていった。

「ああ、行っちゃった……」

 バルコニーに出て、隙間から下を覗いてみる。暗い。おまけに黒い土の上に無数の落ち葉が散乱していて、迷彩柄のように視認性が悪い。ヘビはもう葉の下に潜ってしまったのかもしれない。

 諦めて、視線を上に戻したときだ。今泉がバルコニーの柵に足をかけているのが見えた。

(先生、何を?)

 そう声をかける前に、跳んだ。年齢を全く感じさせない軽やかな身のこなし。両足できれいに着地を決めると、今泉は素早く身をかがめてバルコニーの床下を懐中電灯で照らした。

「うーん……いない……いないなぁ……」

 数分後。今泉はむくりと体を起こすと、服についた土汚れをぱっぱっと手で払いながら「あーあ、残念!」と言って、わっはっはと笑った。

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