今年8月下旬。

 台風一過の真夏日に今泉に案内され、富士山麓の青木ケ原樹海を訪れた。

 今泉はいま、過去に行った富士山の動物調査を個人で継続し、「富士山動物分布マップ」の作成にも力を注いでいる。林道に自動撮影カメラを仕掛けているほか、富士山麓の周遊道路を自動車でゆっくり走りドライブレコーダーで森を撮影する。こうしてカメラに映った動物の種類と位置をつぶさに記録して、富士山周辺にどんな動物が生息しているのか、一目でわかる地図を作っているのだ。

 林道の脇に車を止めると、今泉は大室山の方角に向かって樹海の中を歩き始めた。

「いま歩いている地点が、ちょうど50年前に父とヒミズの分布調査をしたところです」

 青木ケ原は、今泉にとって思い入れの深い地だ。父との採集旅行で何度も訪れた場所。そして、わが子に自然との付き合い方を教えた場所でもある。

 息子の智人(40)は「父(今泉)とは、小学5年生までに富士山頂に3回登った」と思い出を語る。 

「火のおこし方や水の大切さ、闇に対する恐怖心の抑制……。富士山麓でのキャンプを通じて、父からさまざまなことを教えてもらいました」 

 現在、智人は国立の研究機関に勤め、水産資源調査の高度化の研究に携わっている。研究者の道を目指す上で、今泉に相談したことも多い。

「記憶に残っている父の言葉は二つあります。一つ目は『人生は楽しく、自分がやっていて好きなことを見つけなさい』。二つ目は『武士は食わねど高楊枝』です。フリーランスの研究者としての父の生き方が、よく表れた言葉だと思います」

 父から、兄と自分へ。そして自分から、わが子へ。期せずして3代続いた動物学者の道。

 今泉がいま願うのは、次世代への「継承」だ。

「僕はね、自分の人生だけで答えを出そうなんて考えてない。真実はそんなに簡単に姿を見せてくれませんよ。『多分こうだろうなぁ』と思いを巡らせながら死ぬのが一番いいよね。だからその前に、次の世代の人たちの道標になるような記録をたくさん残しておきたいんです」

 今泉は、さらに樹海の奥へと進む。少し前を歩きながら話す今泉の背中に、赤い西日が差した。

 もうすぐ、夜がやってくる。

「自然は誰に対しても公平です。動物にも、人間にもね。だから僕は、もっと子どもたちに『山に遊びにおいで』って声をかけてあげたい。お金なんていらないから。何もなくなっても、安心して帰ってこられる場所を作れたらいいですよ」

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