帯津良一(おびつ・りょういち)/帯津三敬病院名誉院長
帯津良一(おびつ・りょういち)/帯津三敬病院名誉院長
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 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「酒の道を極める」。

*  *  *

【境地】ポイント

(1)90歳になったら、酒の道をさらに極めてみたい

(2)昔は二日酔いで朝吐くというひどい飲み方もした

(3)最近は酒道が見えてきた。この道はさらに続いていく

 私もあと4年で90歳。90歳になったら、どう過ごそうかと考えていて、ふと思いついたことがあります。そこまで生きられたら、酒の道を極めたいなあという気持ちになったのです。

 酒の道って、一体、何だと言われるかもしれませんが、まずは私の酒の歴史を振り返ってみることにしましょう。

 始まりは「大学の教養学部時代」。コンパと称して、時々、クラスの仲間大勢と大衆酒場で飲むことがありましたが、酒を好むというよりは、つきあいで飲んでいました。物珍しさから、屋台で焼酎のブドウ割りを飲んだこともあります。

 次は「医学部時代」です。もっぱら、大学に近いトリスバーで一杯50円のハイボールを飲みました。サントリーの角は格上だったので手を出しません。その後40年、つきあうことになったバーを見つけたのも、この頃でしたね。

 そして「外科医になってから」。社会人になって生活ががらりと変わりました。その上、外科医は猛烈に忙しい。酒の飲み方が乱暴になってきました。仕事帰りに池袋の居酒屋で飲むのですが、飲む量がどんどん増えました。そして二日酔いです。朝起きて吐くことが、頻繁にありました。電車で病院に向かうときも、吐きたくなったら、すぐ降りられるように、急行には乗らなかったのです。いや、ひどい飲み方をしていましたね。

「都立駒込病院時代」は食道がんの手術に明け暮れました。その合間に酒を飲むのです。手術後にはICUに泊まり込むことにしていましたから、患者さんの状態が落ち着くと、看護師さんを誘って、夜の街へ。不測の事態に備えて、控えめに飲むのですが、大手術が終わったという達成感の中で飲む酒は、じつに旨い。生命のエネルギーが高まっていくのを感じました。難しい状態を乗り越え退院できた患者さんがいると、柴又の帝釈天にお礼参りに行きました。そのあと門前で飲む酒が、これまた旨かった。

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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