スマープのプログラム終了後、看護師やソーシャルワーカー、支援者らを集めてミーティング。リラックスした雰囲気でスタッフをねぎらう一方、薬物依存症の参加者、一人ひとりへの目配りは細やか(撮影/山本友来)
スマープのプログラム終了後、看護師やソーシャルワーカー、支援者らを集めてミーティング。リラックスした雰囲気でスタッフをねぎらう一方、薬物依存症の参加者、一人ひとりへの目配りは細やか(撮影/山本友来)

■「やめられない」の告白は「助けてくれ」の意味

 松本は薬物依存症との向き合い方を、こう語る。

「薬物依存症は、クスリの作用で脳の一部の働きが変化し、やめようと思ってもやめられない状態です。再発と寛解をくりかえす慢性疾患。だから制裁だけではだめ。事実、刑務所を出所した直後の再使用が圧倒的に多い。処罰だけでなく、回復、つまり『やめ続けられる』道筋があることを、当事者、家族、支援者、一般の方にも知ってほしい」

 スマープに参加すれば回復が早まるのだろうか。

「ワークブックで治るほど単純ではない。テキストは治療継続の手がかり。重要なのは『つながり』です。当事者は差別や偏見にさらされ、孤独です。薬物依存の専門家は少なく、支援者との距離が遠い。そこをつなぐプログラム。まずは出会い。そのためには当事者が安心して『クスリをやりたい』『滑った』と言えて通える場が必要です」

 クスリをやめるためにクスリを使ってもいい? と、戸惑っていると松本は言い添えた。

「犯罪の幇助ではありませんよ。ただ、薬物依存症の人が人前で『やりました』と言うのは、すごく勇気がいります。本当に使いたければ、黙って家でやる。なのにわざわざプログラムに足を運んで言うんです。これは、失敗したけどこのままではいけない、やり直したいと思っているからです。『やめられない』という告白は『助けてくれ』なんです。だから医療者は守秘義務に則って、その人を守らなくてはなりません」

 こうした松本の姿勢は、処罰感情の強い世間の反感を買う。以前、出演したテレビ番組のサイトには「あの医者は犯罪者を擁護している。頭がおかしい」「薬物に手を出した奴は死刑にしたらいい」とクレームが寄せられた。それでも松本は「辱めと排除では解決できない。求められているのは科学的根拠のある対処」とまっすぐ前を見すえる。

「依存症の本質は快楽ではなく、むしろ苦痛です。虐待のトラウマで、死にたい苦しみを一時的に薬物で緩和する人。DVのつらい関係性に耐えようとクスリで脳を麻痺させて生きのびた結果、依存症に罹った女性もいる。研究者の実態調査では薬物依存症患者の約55%に統合失調症などの精神障害の合併が認められます。大半は、先に精神障害が発症し、後で薬物乱用が始まっている。病気に犯罪の烙印を押しても回復はしないのです」

 松本の目線は、当事者に近い。

 スマープは、薬物依存症者が回復から社会復帰を目ざす民間リハビリ施設、八王子ダルクともつながっている。八王子ダルク代表・加藤隆(52)は、毎週、スタッフの一員としてプログラムに参加し、体験を語る。当事者がダルクに関心を示せば、バーベキュー大会などのイベントに招いて接触を持つ。加藤は、松本の存在について、こう述べる。

「松本先生は、僕らが言いたくても言えないことを代弁してくれています。タレントが大麻に手を出して逮捕、保釈後、土下座して謝る。カメラに追い回され、友人や家族もバッシングされる。あんな光景には自分が責められているようなつらさを感じます。だけど僕らはそれを口にできない。声に出したら、ヤク中は黙ってろ、刑務所に行け、と言われかねない。そこで松本先生は声に出してくれる。それだけで安心できます」

 松本もまた加藤に信頼を寄せている。

「薬物依存症の人は、他人に依存できず、クスリという物に依存します。人間関係が崩壊し、孤立する。もう一度、ダルクや自助グループ、あらゆる社会資源を使って他人との関係を結び直す。支援の受け皿は多いほどいい」と松本は言い切る。

 ほんの10年前までスマープは松本が細々と実践する程度だったが、いまでは精神科医療機関42カ所、全国の精神保健福祉センター69カ所のうち40カ所が導入している。松本は、逆風をものともせず、サイエンスの旗を立てて進む。その力の源泉、マイノリティーへの「共感」を読み解く鍵は、ひりひりするような思春期に埋め込まれていた。

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