文豪は美食家が多いが、食に関してはあまりこだわりがなかったそうだ。“凝った料理”を見ると「何だか変なもの」と評し、食通だった友人の志賀直哉の名をあげて「(これは)志賀が好きそうだ」と話した。
ある日のお昼近くに客がいるので、家人がすしでも出前で取ろうかと声をかけた。すると実篤は真っ先に、「おれはたぬきうどんが食べたい」と言いだし、客に「君はどうする」と問うた。客は主人の手前、すしなどは頼めず「たぬきうどん」と答えると、「そうか、君もたぬきうどんが好きか」とその言葉のとおりに受け取った。これも祖父らしい話と知行さんは微笑みながら話した。
記念館は実篤が晩年の20年間住んだ地である実篤公園に隣接してあるが、最近は少し変化があると知行さんは言う。
「『文豪とアルケミスト』というゲームの影響で、若い人の来館者が少しずつですが増えていますね。作品を読むだけでなく、日向(宮崎県)の新しき村へも訪ねてくれたそうで、若い人が実篤に興味を持ってくれるのはありがたいですね」
「文豪とアルケミスト」は、明治から昭和の文豪を転生させて文学書を守るために敵を討伐するゲームだ。
最後に、実篤の言葉で好きなものはどれかを聞いた。
「『君は君 我は我也 されど仲よき』ですね。生まれも育ちも違う、いろんな考えの人がいるけど、仲良くしましょうと。世界中の人がこの言葉を好きでいてくれたら、戦争もいじめもなくなるはずです」
(本誌・鮎川哲也)
※週刊朝日 2022年7月8日号