さて、そんな日々を過ごすうちに私は人をじっくり観察することを覚えました.人気者や感じの良い子の立ち居振る舞いや言葉遣いなんかをじいっと見て、なるほどあのようにすれば好感度が上がるのだなと学習したのです。あのように言うと、周囲の人はこんな風に反応するのか、なるほどな、と。思えば中学3年間は、自分を切り刻むような思いで内面を探索し、嫉妬や羨望と格闘しながら、周囲の人をじっと観察して、人の感情の流れを分析することを学んだ時期でした。それがあの「人の気持ちがわからない」という感覚を克服する上で非常に役に立ったのは間違いありません。観察と研究を続けた成果を、高等科への進級とともに試してみました。

 まずは手始めに無口な人になろうと、喋りたいのを我慢してニコニコしてみんなの話に頷く修業を1カ月。すると、それまで3年間、はみ出し者の私を見ていたはずの同級生たちがいともあっさりと「慶子ちゃんて大人しいよねえ」などというではないですか。こんな簡単なことなのか?と驚いて、次は可愛い感じの子、次は盛り上げ役、といろんな「型」を実践してみたところ、1年目で人気者になっていました。

 これは大発見でした。人は、ほぼ型しか見ていない! 私がどのような人間かを深く知った上で評価している人なんてほぼおらず、適切な型さえなぞれば、人間関係はいとも簡単に書き換えることができるのだ! それを知ってからは、どのような型がその場に適切であるかを使い分けられるようになり、やがて型なんて考えなくても、友達は私を私のまま受け入れてくれるようになりました。型から入って個性に至るなんて、なんだか古典芸能のようですね。

 けれど表面上は学校生活に適応しても、若者の懊悩は続いていました。(続)

※『一冊の本』2019年1月号掲載

※本記事のURLは「AERA dot.メルマガ」会員限定でお送りしております。SNSなどへの公開はお控えください。

著者プロフィールを見る
小島慶子

小島慶子

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

小島慶子の記事一覧はこちら
暮らしとモノ班 for promotion
石破首相も大好き!鉄道模型ジャンル別人気ベスト3