冬の桜の撮影といえば情緒過多になりやすい。いつでも擬人化は禁物。
予想したとおり、撮影は容易ではなかった。西洋カンジキや山スキーで移動しなければならないこともあった。吹雪の日は風に弱い大型カメラが三脚ごと倒れた。深い雪の中に音もなく、いかにも気持ちよさそうに倒れるのだ。
山形県白鷹町の「釜の越桜」を降雪の日を予想して訪れた。桜の周囲は公園になっており、花の時期は仮設の舞台が設けられて民謡ショーなどが開催される。その一角にテントを張った。二人用の小さなテントだ。アフリカやシベリア、もちろん日本国内で重宝した“寝床”である。車中泊でもよかったのだが、雪明かりで桜木の撮影をしたかった。テントにいちばん近いお宅を訪ねて野宿の理由を話し、七十四になるという女性から煮炊き用の水を頂戴した。
話はそれるが、以前から撮影現場の近くで仮眠をとる手法は、それが当たり前のように行ってきた。公園などにテントを張る場合、必ず近くの家を訪問して理解を求めた。交番が近くにあれば事前に報告した。車中泊のときも同様である。そうした気働きの必要を感じたのは近くの家に不審がられた経験があるからだ。
近ごろは事情が違ってきた。たとえ人気のない海辺であってもすぐにパトカーがかけつける。決まってウトウトしかけたころにドアをノックされた。慇懃(いんぎん)で無礼にならない程度のたたき方は全国の警察官に共通しているのではないかと思っている。
話を戻そう。
テントの中で夕食を済ませた。撮影ノートには、「鯖缶」とだけ記している。腹を満たして温かくなった体を外に引っ張り出した。満天の星だった。三脚を立てて雪明かりにほんのり浮き立った桜にレンズを向けた。三脚が雪に沈まないよう、脚の先端の金具には革張りの下駄を履かせてある。シャッタースピード40秒を起点に数枚の撮影を行った。
風がときおりテントを揺らした。水をいただいた家の明かりが消える。テントのたわみが発てる音のほかには、何の音もしなかった。間もなく雲が張り出して星を隠す。
撮影を切り上げてテントに戻った。このときレンズやカメラの結露に注意する。フィルムは撮り切っていなくてもカメラから抜いてタッパーに入れておく。タッパーには前もって乾燥剤が入れてある。それでも体温がテント内の温度を上げて機材が曇ることがある。念のため水分を吸収するキッチンタオルでカメラとレンズを包んでおく。