哲学者 内田樹
哲学者 内田樹
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 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 政府は国家安全保障戦略ほかの安全保障関連3文書を閣議決定した。「反撃能力」保有が明記され、日本は「戦争ができる国」に向けてさらに一歩を進めた。同盟国に対して防衛費をGDPの2%以上にすることを求めていた米国に対して岸田首相は防衛費増額を約束していた。実現すると日本は米国、中国に続く世界第3位の軍事大国となる。

 2015年の集団的自衛権の行使容認で日本は平和主義放棄へと大きく方向転換したが、この閣議決定で日本が戦争の当事国になるリスクは戦後最高レベルに達した。だが、その危機感が政府には感じられない。

 戦争の切迫を実感していれば、戦争を回避する外交的な手立てが何より先に論じられてよいはずだが、誰も論じていない。万一戦端が開かれた時には、どうやって国民と国土を守るのかが最優先課題のはずだが、誰も論じていない。

 この不作為が意味しているのは岸田政権は日本を「戦争ができる国」にすることにはたいへん熱心だが、「本気で戦争する気はない」ということである。それよりはむしろ「する気はある」のだが、法整備と財源のこと以外は何も考えていないので「する能力はない」という方が適切か。

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