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 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は「ストーカー事案」について。

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 夫とのセックスが怖い。

 少し前、女友だちとの集まりのなかで、重たい口を開くように、そう言った女性がいた。

 え? とその場がざわついた。というのも、彼女の夫は「とてもいい人」で通っているからである。全く怖くないし、むしろすごくいい人で、勤勉で、子供が大好きで、真面目で優しい人……である。何より、夫婦仲はとても良く見える。それでもなぜセックスが怖いのか、と聞くと彼女は、「やっぱり男だから、最終的に、どこか怖い」と言うのだ。驚いたのは彼女の「男だから」というその言葉に、一緒にいた女の人たちの空気が、ざわついたものから少し重くなったことだ。「すごくわかる……」という共感のこもった重たさだった。

 彼女の話はこういうものだ。

“夫との関係はうまくいっている。生涯一緒にいたいとも思う。だけれど、セックスのときは少し怖い。それは、やっぱり、裸だからだ。裸と裸になったときに、男の肉体との力の差を感じる。夫が私に暴力を振るわないことはわかっているが、自分の出方次第では、身の危険を感じることになると、どこかで思っている。その恐怖は消えない”

 ドキッとする話である。最も信頼すべき家族なのに、どこかで「怒らせて力を行使されたらまずい」という恐れが根底にあるというのだ。だからたとえセックスが気持ちよくなくても、感じるふりをするし、望んでセックスしているつもりにもなる。なるべく穏便に済ませようとしている自分がいるというのだ。

「男性をひとくくりにするな」という正論はいったん置いておいて、彼女の恐怖について考えてみたい。というより、彼女の話を聞きながら、これはセックスだけでなく、もしかしたら女性の多くが心の奥底で感じる「男性に対する恐怖心」の問題なのではないかとも思う。この社会は、女たちに、「男を怒らせてはいけない」というメッセージを送り続けているのではないか。男を怒らせたら面倒なことに巻き込まれる、という恐怖心を徹底的に煽っているのではないか。そしてそれは残念ながら「誤ったメッセージ」ではなく、経験値でたたき込まれた実感であり、実際面倒なことに巻き込まれる女たちの惨状を知っているからではないか。

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