後ろには、多くの人達が呆然とした顔で立っています。スタートラインから一歩も動けない人も大勢います。多くは黒人です。

 リーダーは言います。

「今出した条件のどれも、君のせいではない。君が望んだことでもないし、君の行動の結果でもない。だが、この競争は、前にいる人達が勝つだろう。後ろにいる人は競争する資格がないのだろうか。違う」と、前側に立つ若者に、自分達がどんなに自分達の力以外で有利な競争をしているかを伝えるのです。

 残念ながら、世界中の想像力のないエリートは、「私達は努力したんだから勝って当然」と思っています。

 スタートラインからほとんど動けなかった人達は、「努力しなかったのではなく、努力できる環境にいなかった」のだという「想像力」を持たず、自分は、「努力したのは、努力できる環境にいたから」と気付く「想像力」を持たないのです。

 でも、本当に賢い人は、「想像力」を持ちます。それは学歴に関係ありません。相手の立場に立つことができるのです。

 自分がいかに恵まれていたか、相手がどんな環境にいたかを想像できる人は、仕事でも、相手の立場に立つことができるので、本当の優秀な人になります。

 お麩さんは、「こいつら全員」とまとめますが、いわゆるエリートには、「コンプレックスの裏返しをして人をバカにする人」「想像力がないから偉そうにする人」「想像力があるから相手の立場に立てる人」「地頭が良いから余裕があって優しい人」と、いろいろといるはずです。

 地頭が良かったり、想像力がある人とは、お麸さんは、穏やかな関係が持てるんじゃないかと僕は思います。こういう人は、相手を馬鹿にしたり、見下したりはしないからです。

 お麩さん。いわゆるエリートを観察しながら、自分自身のことを考えるのはどうでしょうか。

 お麩さんは何か趣味はありますか?

 もし、なんの趣味もないなら、コンプレックスに苦しめられる時間を、趣味に没頭する時間にしませんか?

 もし趣味があるのなら、やっぱり、コンプレックスに苦しめられる時間を、もっと趣味に注ぎませんか。

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