「写らないものを写したい」という気持ち

 この度の選考会は、複数の候補者の評価が拮抗していたため決定には時間を要した。それぞれに異なる魅力や優れた点があり、甲乙つけがたい状況であった。それを象徴するように今回は、ノミネートの前段階での選抜の時点からすでに混戦となっていたように思う。

 長沢慎一郎さんの作品は私が得意とするジャンルの写真ではないが、ジャンルを超えて高く評価したいと思う作品は多々ある。しかし誤解を恐れずに言えば、正直なところ長沢さんの作品の評価は難しかった。とはいえ「分からない」という状態は時に興味を持つきっかけを与えてくれる。

 原稿を書くため長沢さんについて調べる中で、彼が受賞作を作るに至った前作の『The Bonin Islanders』(2021年)を「写らないものを写したい」という気持ちで撮ったと本人のインタビューで読んだ。この言葉を見つけると瞬時に長沢さんの作品を理解することができ、彼が受賞者で良かったと今は思っている。

 オリジナルな手法、前例のない被写体、唯一無二のテーマ、こうしたものと出会えることは写真家に限らず表現者にとって大変幸せなことであり、同時に強みともなる。逆に言えば一度出会ってしまったらそこから逃れることは難しく、否応なく向き合い続けることになる。そういった意味で長沢さんは“小笠原”に出会ったのだと思う。

 受賞作は『Mary Had a Little Lamb』であるが『The Bonin Islanders』から続く一連の作品に対する評価が今回の受賞へとつながった。戦後80年を迎える年であったことも受賞の決定を後押しする要因の一つとなった。戦後80年であることを踏まえた最終議論の中では上原沙也加さん、金川晋吾さんの名前も挙がった。さらに長沢さんと同じ「写らないものを写す」という視点で評価するならば、須藤絢乃さんのデビューから続く一連の仕事も高く評価したい。

 またノミネートには残らなかったものの、ユニークかつ独創的な手法と作家自身の力量を感じさせる千賀健史さんと顧剣亨さんを個人的に高く評価していることもここに記しておく。(選考委員・澤田知子氏)

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