軽妙でありながら重厚

 小笠原というと、私のようなナチュラリスト側の人間にとっては、固有種の生物が多いことや、ポリネシア系や東南アジア系のハイブリッドという漠然としたイメージがある。

 長沢慎一郎氏は、海洋の中に孤立する小笠原を訪れて写真を撮りつづけている。

 今回の作品『Mary Had a Little Lamb』の被写体は、父島にある今は忘れ去られた旧日本軍の軍事機密の爆薬庫跡である。核弾頭が配備されていたという倉庫の中は、空き室のように置き去りにされ、孤独な時間が進行している。実際に訪れて一歩この厳重な壕の中の建物に入ったとしたら、中は真っ暗で何も見えないに違いない。作品は、闇に光があてられた状態で、やっとその様子が露わとなる。

 湿気を含んだコンクリート、錆が浮き上がった鉄、どれもが、寒々しくて不気味である。写真集の中にときおり挟み込まれた広々とした海景がなかったら息苦しくなって本を閉じてしまうかもしれない。最後の写真で、闇の中から出口が見え、ヤシの葉が顔をのぞかせるまでは、緊張感の連続である。ここに確実に、私たち日本人が忘れてはいけないものが存在する。

 付け加えるに、今回の作品をより強力にサポートしているのは、2021年出版の作品集『The Bonin Islanders』であるように思う。これは、かつて無人島だった父島に定住する入植者たちの話だが、長沢氏が、そこに関心を寄せられた動機がたいへん面白いし、被写体との距離感が絶妙である。

 長沢氏の写真は、軽妙でありながら重厚である。自分を信じて突き進んでいくところがたいへんすばらしいと思う。(選考委員・今森光彦氏)

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大西みつぐ氏の選評は……