
昨秋刊行の最新作『小鳥とリムジン』も再生の物語だ。主人公の小鳥は、性依存症の母の行為を目撃し、母の恋人から暴力を受けるという過酷な過去を持つが、弁当屋の店主・理夢人(リムジン)との出会いを通して愛のある性を学び直し、力を取り戻す。
私は読み始めから息をのんだ。小鳥に次から次へと過酷な現実が押し寄せる。けれども小鳥はかけがえのない人との関係性を結び、人生の階段を駆け上る。どん底からはい上がる展開に、唸(うな)った。
小川が読者に手渡したいのは、どんな人にも必ず備わっているという、立ち直る力だ。森に癒やされる自身になぞらえ、「自然治癒力」と呼ぶ。
これが、「山小屋」で書き上げた第一作となる。小川が身をもって体験した再生への歩みが本作にも投影されている。しかし、この山小屋に移住する前は、小川は「もう、次の作品は書けないんじゃないかと思った」というほどスランプに陥る。
小川は窓の外に目をやり、静かに振り返る。
「私は大自然に助けられた。だから森から受け取ったものを、今度は物語という形で世の中に届けているんです」
彼女はデビュー作から一貫して「心の再生」を描いてきた。
なぜ、「再生」の物語を描き続けるのか。
幼い頃から、生まれてきたことへの深い悲しみを抱き、「この家族との生活は過酷すぎる」と感じていた。母との関係が悪かった。

母は決して裕福ではない家の長女で、公務員となってからは家族をずっと支えてきた。母はますます強権的となり、婿養子に入った父は存在感が薄かった。
母は、「愛より信頼できるのはお金」と言い、子へ贈るクリスマスプレゼントでさえ、のし袋入りの1万円札で済ませた。仕事に明け暮れた母がいない空白は、母方の祖母が埋めた。思い出すのは、祖母が出汁(だし)を染み込ませて作る、ふきのきんぴらの優しい味だ。
母は教育に異常なほど執着し、幼稚園児の小川に小学生のドリルを与えた。間違えると怒り出し、逃げても追いかけて叩いた。
小学校中学年の頃、家で飼っていたインコが死んだ。お墓に入れてあげたい小川の希望を聞いた母が、「職場近くにあるペット供養の施設にお願いする」と言い、インコの亡骸(なきがら)を紙袋に入れて出勤した。ところが、学校から帰宅した小川がごみ箱のふたを開けると、インコの亡骸を入れたまま、その紙袋が無残に捨てられていた。
もう、母の言葉は信じないと、心に誓った。