
期限切れで廃棄の葛藤
例えば卵子凍結は、多くのクリニックで、保管期限の上限が45~50歳とされている。しかしパートナー問題を始め、さまざまな理由によって、期限までに使うことができず、結局廃棄に至る例も珍しくはない。実際、凍結卵子の使用率は、世界的にもまだまだ低い傾向にあることから、「“個人の保険”に税金を投じることが適切と言えるのか」「卵子凍結は少子化対策にはならない」と、行政の助成事業に対し懐疑的な見方をする専門家も少なくないのが現実だ。卵子凍結を手がけるクリニックで、日々多くの患者と接するカウンセラーは言う。
「大事に凍結保存し続けてきた卵子を、期限切れによって捨てるしかなくなった時の苦しみは、知られていない部分が大きいのです」
例えば、50歳の誕生日まで、凍結卵子を保管し続けていた女性のケース。それまで保管費用のみで150万円を超える金額を費やしてきた女性は、更新で保管費用を数十万円単位で投入するごとに「ここまでお金をかけてきたんだから……」という気持ちが膨らんできた。凍結卵子を保管していることそのものが心の支えになってきた事実も鑑みると、自分の意思とは裏腹に、期限が来たことで卵子を捨てざるを得なくなった時には、筆舌に尽くしがたいつらさがあった。先のカウンセラーは言う。
「凍結技術は、その人の体験や記憶を、良いものにも悪いものにも変えてしまう。今後はどれだけ患者の心理に寄り添えるかという点も、より一層大切になってくるのでは」
(フリーランス記者・松岡かすみ)
※AERA 2025年3月10日号より抜粋