卵子凍結や体外受精で使用される注射器。卵子を体外に取り出す採卵手術の約2週間前から排卵誘発剤を投与し、卵胞を育てる(写真:松岡かすみ)

 卵子凍結は主に、未婚でパートナーがいない女性が対象だ。大きなポイントが、若い頃の卵子を凍結保存しておくことで、妊娠しやすい期間を引き延ばすのを期待できること。卵子は年齢とともに減少し、受精する力や着床する力などに結びつく“質”が低下していく。そして年齢が上がるにつれ、妊娠率や出産率は低下する傾向にある。また、妊娠・出産時の合併症や早産、流産などのリスクも高まる。そのため、確実な妊娠のためには、医学的に“出産適齢期”とされる20~30代前半のうちに、妊娠・出産することが望ましいとされている。

 一方、厚生労働省の調査によれば、現在の平均初婚年齢は妻が約30歳、夫が約31歳。結婚後、数年して「そろそろ子どもを」と考える年齢が30代半ばを超えてからというのが決して珍しくない現在だ。22年に国内で実施された体外受精の内訳を見ると、患者の年齢は保険適用の上限である42歳が最多という結果も見られている。

凍結卵子は“お守り”

 実際、“出産適齢期”とされる20~30代前半の年代は、社会的に活躍の幅が広がり、働き盛りとも言える年代だ。いくら生物的には“適齢期”とはいえ、パートナーの状況や、キャリアプランとの兼ね合いなどから、なかなか妊娠や出産を考えられないという人も多い。こうした“適齢期”と現実とのギャップが、昨今の卵子凍結への関心の高さという形でも表面化している。凍結卵子の保管事業などを手がけるプリンセスバンクの香川則子さんは、こう話す。

「卵子凍結は、将来のための技術のようでいて、今を安心して生きるための技術とも言えます」

 実際、卵子凍結を選択した女性たちからは、「今やれることはやった」という達成感を得られたという声や、「凍結卵子があるという事実が“お守り”代わりになっている」という声も聞かれる。将来に選択肢を残す目的だけではなく、精神的な安定につながるとする声だ。

 一方、卵子凍結などの凍結保存技術は、“産むのを先延ばしにする技術”とも言え、「高齢出産をますます助長させるのでは」という懸念の声も少なくない。

 卵子や精子、それらが合わさった受精卵も、マイナス196度という超低温で適切に凍結すれば、まるでタイムカプセルのように、状態を変化させないまま、何十年も保存し続けることができるのが、今の凍結保存技術である。この恩恵にあずかる人は年々増え続ける一方で、昨今では凍結保存技術が生む新たな葛藤も見え隠れしている。

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