そんな時期から父親がやる気を漲らせることの鬱陶しさ、足手まといさは十二分に承知しつつ、その一ヶ月間は濃密な父娘の時間だった。あんなに彼女とお腹を抱えて笑い合ったことはなかったはずだし、手加減せずに思いを伝えたのもはじめてだった。「中学受験」というあまりに不条理で、ワケのわからない共通の敵と向き合うことで、僕たちはお互いにむき出しにならざるを得なかった。

 もっと早く、このイベントに参加すれば良かった。そんなわずかな悔いを胸に、その濃かった一ヶ月をさらに煮詰めて、僕は一冊の本を書き上げた。

『問題。 以下の文章を読んで、家族の幸せの形を答えなさい』

 いわずもがな、父と娘の物語だ。それはひいては、母の、家族の物語でもある。

 前作『アルプス席の母』で、僕は主人公の母親を描くために、十年前に亡くした自分の母と目いっぱい対話した。

 自分が高校生だった頃にはたいして思いなんて馳せなかったくせに、「あのときあなたは何を思っていましたか?」「あのときの涙の意味はなんですか?」と、書くことに立ち止まるたびに問いかけた。

 今作ではそれを娘とやった。毎晩のように一緒にご飯を食べ、普通に会話をし、たまに映画を観にいく関係はなんとか維持しながらも、「あのとき何を思ったか」「なんであんなにイライラしていたのか」と、心の中で問い続けた。

 そうやって立ち上がった長谷川十和という主人公の女の子と、その父親のモデルが僕たちであるというわけではない。でも、その作業がなければモノにできなかった作品であったのも間違いない。

 決して中学受験が書きたかったわけではないのだ。書きたかったのは、やはりどうしようもなく父と娘がむき出しにならずにはいられない瞬間だった。

 そうしてたどり着いた受験の結果が、家族の形が理想であるとは思っていない。ただ、目いっぱいの希望は託した。

 その希望は小説家としてという以上に、今作に限っては、父親としてのそれだったという気がしている。

*早見和真著『問題。 以下の文章を読んで、家族の幸せの形を答えなさい』は朝日新聞出版より3月7日発売予定

一冊の本 3月号
『問題。 以下の文章を読んで、家族の幸せの形を答えなさい』
朝日新聞出版より3月7日発売予定

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