父と娘の物語
「父と娘の物語」が極端に少ないと感じていた。
母と娘の、母と息子の、父と息子の組み合わせならいくらでも作品が思いつくのに、父と娘になると途端に数を減らす。
パッと頭に浮かぶのは、ろくでもない父親に娘が暴力を振るわれる気の重くなるような話か、あるいは存命中は寡黙だった父の知られざる一面をその死後に娘が知っていくといった話だろうか。
どちらも特定のタイトルがすぐに出てくるわけではないけれど、なんとなく父と娘からイメージされる物語の類型という気がする。
そうではない、もっと当たり前の父と娘の物語を書けないものだろうか。自分が小説家という職業に就いてからいつもそう思っていた。
幸いにも……という言い方が正しいかはわからないが、デビューした翌年に娘が生まれた。家の中に「父と娘」の関係ができ、彼女と人並みに家族の時間を過ごし、その一挙手一投足を興味深く観察しながら、いつか何か書いてやろうと常にアンテナを張っていた。
しかし待てど暮らせど、その機会はやって来なかった。「お前がたいして育児に関わっていないからだろう」といったお叱りを受けるかもしれないけれど、それでも尚、僕は思わずにはいられない。
父と娘の物語はやっぱり少ない。
作品としてだけでなく、家族として過ごす中でもそう感じた。
娘が成長していく最中にも、もちろん僕は小説を書き続けた。
そのすべてが家族をテーマにしたものではないけれど、あえて羅列するなら、
・息子と父(『ひゃくはち』)
・息子と父(『ぼくたちの家族』)
・娘と母(『イノセント・デイズ』)
・父と息子(『ザ・ロイヤルファミリー』)
・息子と母(『笑うマトリョーシカ』)
・母と息子(『アルプス席の母』)
といった具合だろうか。
かろうじて『店長がバカすぎて』という作品だけは、主人公の女性書店員が早くに母を亡くしており、娘と父という構図が成立するものの、とはいえ中心となるのはタイトルにある通り「店長」であり、二人の物語とは言いがたい。