負のループでより嫌悪

 虫嫌いは嫌悪を中心とした行動免疫システムの影響を強く受けていると考えた深野さんらは、20~79歳の1万3千人を対象に実験とアンケート調査を実施。ゴキブリやハエ、クモ、トンボ、テントウムシなど13種の虫が屋外・室内にいる写真をそれぞれ提示して負の感情の強さを評価したところ、都市部に暮らしている人ほど、虫への強い嫌悪感を持つ傾向が浮かんだ。

 同じ虫の画像でも、室内を背景にした画像を提示された回答者のほうが、屋外を背景にした画像を提示された回答者よりも強い嫌悪感を持つことも分かった。深野さんは言う。

「この結果は、虫への嫌悪感は自身の感染症リスクに応じて変化すると予測する病原体嫌悪理論と一致します」

 つまり、都市化によって屋外よりも室内で虫を見る機会が増えた結果、人々は感染症に対して脆弱である屋内環境(寝る場所、食べる場所、くつろぐ場所)に入ってきた生き物に、強い嫌悪を引き起こされるようになったというわけだ。

 また調査では、虫を識別する能力が高い人は、ゴキブリなど「嫌悪を感じる虫」とテントウムシなど「嫌悪を感じない虫」がはっきり分かれていたのに対し、虫の識別能力が低い人は、テントウムシにも強い嫌悪感を持っていることも分かった。これは、都市化によって生活環境から虫を排除した結果、虫の識別能力が低下することで、より多くの虫を嫌悪するようになる「負のループ」を示すものだ。

「虫嫌いの人は虫のことを知ろうとしないため、虫嫌い→知識喪失→虫嫌い→……の自己強化型のフィードバック・ループが生じている可能性があります」(深野さん)

 深野さんは「大人になると虫が苦手になる」理由についても、行動免疫システムで説明できる部分があると話す。

「行動免疫システムでは自分の経験だけでなく、他者の嫌悪表現を観察することで対象物に対する嫌悪感を素早く学習します。乳幼児は成人に比べて嫌悪を感じる対象が少ないですが、成長するにつれて、幅広い対象に対して嫌悪感を抱くようになり、それは両親や周囲の人々から学習すると考えられています」

次のページ
社会的学習の影響