30歳を前に女性は退職を促され

 その会社では、昼食にお弁当が支給され、女性社員が人数分の味噌汁をお椀に注いで配るという決まりがあった。その日、当番になった先輩女性は、味噌汁の具が均等になるよう、お麩を4つずつお椀に配分したという。味噌汁を社長に持って行ったところ、「4は縁起が悪いからやり直し」と言って、全員分を回収させられたというのだ。

「そのときに、もうダメだと思ったみたい。『雪乃さん、私辞めます』と言われて。失業保険のつく、きっかり半年後に辞めていかれました」

 女性社員が29歳になると、勝手に次の採用を始めてしまうということもあった。30歳を前に女性は退職を促されるということだ。もはや、怖いというレベルではない。

「25歳のときにそのことを知って、慌てて転職活動を始めました。29歳でスキルもなく放り出されたらマズイと思って。若さしか取り柄がなかったから、少しでも若いうちに売り込もうと思ったんです」

20代の女性社員が過労死

 次の就職先は、出版社の下請けである編集プロダクションだった。過酷な職場で、20代の女性社員が過労死したばかりだったという。雪乃さんはその穴埋め要員として入り込んだのだ。

「徹夜続きの業務で、その女性は会社のトイレで倒れてそのまま亡くなったみたい。過労死するほどの職場でも、仕事を覚えられるからいいやと思って転職したんですね」

 平然と出てくるその言葉に、私は氷河期前期世代の本気を見た気がした。

「でも、当時この業界ではこれが普通だったんですよ。もしも苦しいのが自分だけだったら、すごく恨みつらみを持ったと思うんですけど、私の世代は人数が多いし、同期もみんな氷河期ですから。今考えると恐ろしい話なんですけど、徹夜のしすぎで『口の中で血の味がしてきたから限界なので寝ます』とか、連日の徹夜を終えて伸びをしたら両足肉離れを起こした人もいて、そういう話が一種の武勇伝になる時代だったんです」

 こうして転職をくり返し、42歳で6回目の転職を機に、かつての夢だった書籍編集者になったというのだから、尋常でない努力をしたのだろう。

「ここに来るまで遠回りをしてしまったけど、今は、気力、体力、記憶力ともに失われている年齢じゃないですか。やっぱり、20代、30代のうちに辿り着いておきたかったという気持ちはありますね」

 貴重な若いエネルギーを、男尊女卑に削られ、身を削る労働で使い果たしてしまったということだ。これには、胸が苦しくなった。

「なんかね、私はライブとかコンサートとか、そういうのが苦手なんですよね」

 雪乃さんは唐突にそう話し出した。

(構成/ライター インベカヲリ☆)

※後編へ続く

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