編集者が女性だと著者に失礼
雪乃さんは、コーヒーを一口飲むと、まずは就職活動時代のエピソードから始めた。
「編集者になりたくて、地方には出版社がほとんどないから、東京の出版社に入ることを目指していたんです。ただ、当時は就職超氷河期だから落ちまくって。『希望するジャンルの本を作る会社に入りたい』なんて贅沢を言っている場合ではなくて、まずは経験を積むために、関西の出版社に滑り込んだんですね」
雪乃さんは、そこで学術系の専門書を作るようになった。ところが、その会社にはとんでもない「男尊女卑」の慣習があったという。
「編集者が女性だと著者に失礼という理由で、ダミーで男性編集者を間に挟む決まりがあったんです」
私は、この時点で「えー!!」と声をあげて驚いてしまった。
実際の編集業務を女性が行っていても、著者の前では別の男性が担当編集者のフリをしているということだ。
女性は残業も禁止
「ダミーの編集者はゲラ刷りも読んでいないから、著者からゲラチェックに関する電話がかかってきても、何も答えられないんですよ。『一回取り次ぎます』と言って、私に回されてくるんですけど、やりとりに不信感を抱いた著者から『もしかして君が担当編集者?』って聞かれたことがあるんです。でも、社内はみんな聞き耳を立てているから、正直に答えられない。あわあわしていたら、相手も察したらしくて、バレないように『はい、いいえで答えて』って電話越しに言われました。結局、会社が勝手に女は失礼だと思っているだけで、著者からすればどっちでもよかったんですよ。そりゃそうですよね」
これが、1990年代後半の出来事というのだから驚いてしまう。
さらに、その会社では、女性が残業することも禁止だったという。男性社員が残業するときは、女性社員が夜食を用意して配り、先に帰るのだそうだ。
「私たちはゲラを持って帰って、結局家で仕事をするんですけどね」
何の意味もないルールである。だが、これほどあからさまな男尊女卑があっても、雪乃さんは耐えていたという。
「氷河期の就職だったから、転職先が決まるまでは、ここで経験を積まなきゃと思っていたんです」
もっとも、先輩編集者の退職が相次ぎ、肝心の編集業務を教わる機会はあまりなかったようだ。
「そんなときに、別の出版社から女性の先輩が入ってきて、『やった!』と思ったんです。その人から、他社で覚えた仕事を教われるだろうと。だけど、私より先に怒りが頂点に達したみたいで……」