引っ越し目前、幸せ一家4人を襲った惨劇 東京・世田谷
東京都世田谷区上祖師谷三丁目、会社員・宮澤みきおさん(44)宅で一家四人が殺された事件は、幸せな家族像と犯行の残忍さとのギャップが謎を深めている。刃物で何度も切りつけ、二人の幼い子供の命まで奪った手口には、いったいどんな動機が潜んでいるのか。
「宮澤さん一家はまもなく、あの家を引き払う予定だったんですよ。引っ越し先は数百メートル先の、にいなちゃんが通っている区立千歳小学校のすぐそば。引っ越しを済ませていれば、こんな事件は起きなかったかもしれない」(近くに住む男性)
実際、宮澤さんの妻・泰子さん(41)は昨年夏から、たびたび引っ越し予定地の下見に来ていた。
「昨年十月か十一月には、二人の子供と、隣に住んでいるお母さんと一緒に、あいさつに来られました。奥さんは『母と一緒にこちらに来ます』と話していました。感じのいい人だからよかったと、家族で話していたのですが……」(予定地隣の主婦)
宮澤さん宅は、広大な敷地の都立祖師谷公園と仙川にはさまれた一角にある。周辺は都立公園予定地に組み込まれ、ここ数年の間に立ち退きが相次いだ。そのため、高級住宅街の成城学園に近い住宅地にありながら、三軒だけがポツンと取り残されていた。
宮澤さん一家も東京都が用意した代替地に引っ越す予定で、この一月にも正式に代替地の売買契約が結ばれる予定だったという。
宮澤みきおさんと泰子さんは一九八六年に結婚した。九〇年、中古住宅を購入して、この地に移り住んだ。
東大農学部在学中にアニメサークルに所属していたみきおさんは、人形アニメの研究に熱中していたようだ。七九年には人形芸術家の川本喜八郎さんの助手として、人形アニメ「火宅」の撮影を手伝っている。
群馬県水上町が「ふるさと創生一億円」でつくったシンボルマーク作製にもかかわった。
九六年には『インターネットでわかったこと・できたこと』という共著も著しているなど、マルチな才能で活躍している。
現在は外資系の経営コンサルティング会社に勤務。宮澤さんが勤めている会社(千代田区)によると、宮澤さんは企業イメージ作成のアドバイスをするチームのリーダー。顧客の信頼は厚く、事件後、お悔やみの電話が多数寄せられている。同僚は言う。
「非常に家族思いで、有給休暇もきっちり取って、子供の授業参観などに欠かさず参加していました」
妻の泰子さんは大学卒業後、資生堂に入社。宣伝部勤務などを経て、結婚後の八八年に退社、現在は自宅で公文式の学習塾を開いていた。「明るくて感じのいい人」と評判も上々だった。
引っ越しも決まり、新たな年を迎える直前の十二月三十日夜、事件は起きた。
宮澤さん方は一階が泰子さんが開いている公文教室、二階が住まいで、二階からはしごで上がった屋根裏部屋が夫婦の寝室になっている。四人が倒れていた状況は上図のとおりだ。
「礼君以外の三人は、顔や首、胸を十数カ所も刺されていた。夫婦はかなり抵抗した様子で、腕や手にもたくさん切りつけられていて、骨が出ていたそうです」(警察関係者)
礼君に首を絞められた跡や外傷はなく、犯人は礼君の鼻と口を覆って窒息死させたらしい。屋根裏部屋にも血痕があり、犯人は最初に礼君を殺したあと、屋根裏部屋で寝ていた泰子さんとにいなちゃんを刺殺、帰宅した宮澤さんを刺殺したという見方が出ている。
二階の台所に折れ曲がった二本の包丁が残され、二階居間には、犯人が捨てていった血のついたトレーナーが残されていた。
警察の調べでは、このトレーナーは、木村拓哉さんがテレビドラマで着ていたものと同タイプで、人気をあてこんだ衣料業者が中国に約二千二百枚を発注、昨年九月に都内では世田谷区と杉並区で二百~三百枚販売し、完売しているという。このうち遺留品の「Lサイズ」は、十~二十枚だった。両腕は紫色で胴の部分は薄いグレーだったが、残されたトレーナーは洗濯を何度も繰り返したようで、ほとんど色あせていた。
室内はひどく物色され、書類が散乱していた。床の上に放置された財布から現金が抜き取られていることから、強盗殺人目的の可能性もあるが、まだ謎は多い。
まず、玄関のカギ。
窓には侵入した跡はないし、玄関のドアをこじ開けたような跡もなかった。宮澤さん宅は、隣に泰子さんの母親(71)が住んでいて行き来していたことから、日ごろ、玄関には鍵をかけていなかったらしく、犯人は玄関から入って四人を殺害後、カギを閉めて出ていったとの見方が有力だ。すると犯人は玄関にカギがかかっていないことを知っていた可能性がある。
犬の散歩でよく近くを通っていた近所の人によると、「宮澤さん宅の駐車場に犬が入ったりして追いかけていくと、センサーがあるのか、ものすごく強力なサーチライトが照らされる。防犯用だと思うけど、普通の家とは違うなと思っていた」
といい、犯人がどうやって侵入したのか疑問だ。
さらに警察も、複数犯なのか単独犯なのか特定できずにいるふしがある。犯行前後に、タクシーで乗りつけた男が宮澤さん宅をうかがうようにうろついていたという複数の目撃証言があるが、現場に残された運動靴の足跡は一人分しかなかったためだ。
最大の謎が、動機だ。警察関係者が言う。
「子供まで刺して一家皆殺しなんて、ただの強盗では異常すぎる。盗み以外の目的があったと考えるのが普通だろう」
捜査員は現場近くの家から出たゴミを調べたり、「ひきこもりはいないか」などと尋ねているほか、夫婦の交友関係や仕事上のトラブルなどを調べている。
事件から六日で一週間。埼玉県に住むみきおさんの父親は、
「犯人がまだ捕まっていないので、お話しするのは勘弁してください」と言葉少なに語った。