
脱皮せよ、しつこくなれ… 2001年巳年、ヘビ流処世術に学べ
ヘビといえば「とぐろを巻く」「蛇足」「ヘビの生殺し」……。ろくでもないイメージばかり。にもかかわらず最近、愛好家が急増している。単にペットとしてかわいがられているだけでなく、嫌われながらも繁栄を続ける生き方に、人間も学ぶところが多いからじゃないか。
ヘビやトカゲ、カメの愛好家がここ数年、増えている。「Scale(ウロコ)」「クリーパー(爬虫類)」など爬虫両生類ファンのための雑誌が続々と創刊。ヘビを自宅で飼う人のために、ヘビの大好物ネズミをソーセージにしたり、ウズラのひなからウサギまで丸ごと冷凍で供給したりする会社も登場したほどだ。
日本の「巳道」とでも言うべきか、ヘビ愛好者の間には「ご教祖さま」的存在の専門家が三人いる。財団法人自然環境研究センター研究主幹の千石正一さん(51)と高田爬虫類研究所代表の高田栄一さん(70)、財団法人日本蛇族学術研究所所長の鳥羽通久さん(50)だ。
テレビ番組「どうぶつ奇想天外!」(TBS)などでおなじみの千石さんは、小学生から八十歳のおばあさんまで熱狂的なファンを持つ。旅行会社が毎年企画している「千石先生と訪ねる大自然の旅」に、ニューヨークからわざわざやってきて参加する「追っかけおばさん」もいるほどだ。
「ハイキングに行って、タヌキとサル、シカ、ヘビのどれと遭遇する確率がいちばん高いと思います?ヘビはよく見かけますよね」
それだけ身近な存在なのに、大半の人々が、怖い、気持ち悪いなどといった悪意に満ちた偏見を持っていることに憤りを感じ、偏見をなくすためにヘビについてもっと啓蒙しようと、研究を始めた。それが千石さん、中学生のころだ。
東京農工大時代には五人ほどの仲間を集め、いまも会長を務める「爬虫両生類情報交換会」を設立。いまやメンバーはピアニストから銀行員まで三百人に達し、月一回の勉強会に加え、年一回はフィールド研究に出かける。
■エサではつれぬ自然体がいい
「ヘビのほうから人間を襲うことはない。大半のヘビは一キロ以下で、人間は自分の六十倍以上も大きいゴジラみたいなもんだから、ヘビのほうが怖がってるよ」
東京都台東区にある研究室でそう話しながら、床の上に置いてあったクールボックスから、木綿の細長い袋に入っていた真っ白いヘビを取り出し、ひょいと記者の手の上に置いた。細いとはいえ、長さは大人の背丈ほどもある「大蛇」だ。
「ね、おとなしいでしょ?」
ええ、それはまあ……。ヘビは思ったよりずっと硬く、しかもヌルヌルしていなかった。千石さんが自宅で飼っているヘビやトカゲは現在百匹ほど。
「エサでヘビをおびきだしたり、芸を仕込むことはできない。ガツガツしてるのは哺乳類だけ。ヘビは本当に空腹のときしか食べない。無駄なことはしない、自然体がいいね」
元祖・ご教祖さまといった存在が高田爬虫類研究所代表の高田さんだろう。一九七三年に出版した一般向けの『爬虫類図鑑』はいまや爬虫類ファンのプレミアム本。十万円もの値段がついているという。
大学では文学専攻の高田さんは卒業後、友人とデパートの業界紙を創刊した。自宅では、小学生のころから好きだったカメやヘビ、トカゲを飼い続け、六〇年には自宅を高田爬虫類研究所とした。会社にヘビと同伴出勤し、同僚を驚かせた様子は、当時部下だった椎名誠さんの『新橋烏森口青春編』に詳しい。
そのうちにデパートなどで開いた「大爬虫類展」「世界のトカゲ展」が各地で大成功を収め、爬虫類研究所の仕事に専念する。沖縄市の沖縄こどもの国の中に爬虫類園もつくった。「詩や歌を詠む私にとって、ヘビの語り部になることが本望だと思うようになりました」
次に紹介するのは、高田さんが推奨する「ヘビ的人生八訓」だ。
(1)脱皮せよ
ヘビは年に三、四回脱皮する。目も含めた全身の皮が、ストッキングを脱ぐように、するりと抜ける。
「人間も古いことにれんれんとしないで、常に再生し続けよう」
(2)二枚舌を活用せよ
ヘビの舌先は二股に分かれていて、あたかも二枚舌のようだ。ひっきりなしにその舌をチョロチョロと出しているのは、においのもととなる化学物質を付着させ、口の中にあるにおいを感じる器官に運ぶためだ。
「人間も一枚の舌で人生の味を決めず、舌が二枚あるつもりで味わい尽くそう」
(3)毒を持て
「無害無毒の人間は無味乾燥。毒っ気のあるほうがずっと魅力的だ」
約二千七百種類いるヘビのうち生理学的に毒を持つのは千種程度だが、実際に人間に害を与えるのは三百種類ほどだ。
(4)出過ぎた人間になれ
作家ルナールは『博物誌』の中で「ヘビ、長すぎる」と言い切った。トカゲと同じ祖先から進化したヘビがこんなに細長くなったのは、穴に入るネズミを追いかけるのに適しているからだといわれる。蛇行して進んだり、獲物を絞め殺すためには必要な長さで、けっして長すぎるということはないが、印象的には長い。
「ヘビの長さのように、われわれ一人ひとりも、何か出過ぎだと感じさせる特徴をもちたい」
(5)とぐろを巻いて冬眠せよ
ヘビは、自分の体のあちこちが触れ合っている状態がいちばん安定しているといい、大半の時間はとぐろを巻いてじっとしている。ただし脱力しているわけではなく、緊張感を保ったまま、敵がくればすぐに反応する。
「ヘビに比べ、なんと人間は用もないのにウロウロしていることか。やらなくていいことをやるから問題も起きる。ときにはじっとしてみることも大切だ」
(6)手足がないと思え
「ヘビは全身を使って生きている。人間も小手先でものごとに対処しないで、全身でぶつかろう」
■一回交尾すると数年子づくり可
ヘビは進化の過程で手足を失っていった。実はニシキヘビやボアのように古いタイプのヘビには、後ろ足がちょこっと残っている。この「蛇足」、交尾の際、オスがメスをひっかいて刺激するのに使われている。
(7)嫌われる人間になれ
地球上でもっとも繁栄している脊椎動物がヘビだ。
「嫌われてもちゃんと生きていける。たで食う虫は必ずいるから、好かれようと無理することはない」
(8)しつこくなれ
「ふだん動かないヘビは、いざ獲物を捕まえるときには、非常にねばっこく迫っていく。必要なところはしつこく追求すべきだ」
日本蛇族学術研究所所長の鳥羽さんは医学博士で、ヘビの神経毒を実験に使っていたのがきっかけで「巳道」に入った。いかにも科学者的な、朴訥とした控えめな話し方をする。
――ヘビが滋養強壮にいいって本当ですか?
「マムシの筋肉には含有アミノ酸が多くて、タウリンやシスタチオニンというアミノ酸も含まれています。でも、月一回ぐらい食べたからといって効果は期待できませんね」
――精力絶倫だとか?
「確かに一回の交尾が数時間から二十時間以上ということもあります。でも、オスの性器の先が二股に分かれていて、しかもトゲトゲしているのが多いから、なかなか抜けないだけ、という説もあります。いずれにしても、ヘビは一度交尾すると、メスが体内に精子を貯蔵して、数年間はその精子で子どもをつくります」
いったいメスの体内のどこに精子が貯蔵され、どうして何年間も活性を保つことができるのか、詳細は不明だ。この点に限らず、ヘビの生態については、まだわかっていないことが多い。ヘビは基本的には群れずに生息するし、マムシ以外はあまり飼われていないので研究が遅れている。
群馬県薮塚本町にある日本蛇族学術研究所は「ジャパンスネークセンター」も運営し、鳥羽さんをはじめ研究者たちがコブラからニシキヘビ、マムシまで約九十種類、四百匹のヘビを飼育、一般公開している。現在、地元の薮塚本町などとも協力し、多角的なヘビ研究を奨励する「ヘビの文化賞」への応募研究を募集中だ。
「最近はヘビの毒をがん抑制剤に利用する研究が進んだり、注目が高まっています。せっかく二十一世紀は巳年で明けたのですから、ヘビへの偏見をなくす世紀にしたい」(鳥羽さん)
■ロボットの世界もヘビが注目
世界中のロボットの研究者の間でも、ヘビが注目されている。パイオニアは、東工大の広瀬茂男教授(53)だ。三十年ほど前、博士論文を書いている時代から研究している。最初はシマヘビを数匹飼い、蛇行の原理解明からスタートした。
「頭の通り道を体が同じように通る」という蛇行の特徴を生かした胃カメラ、わずかなすき間をぬって倒壊した家屋に入っていき、埋まった人を見つけるロボット、地雷が埋設されたでこぼこ道を進む地雷撤去ロボットなどを開発してきた。地面との接触点が多いので、一点にかかる重みが分散され、地雷を踏んでも爆破される危険性が低いと期待されている。
また、水圧で車輪を回しながら火災現場に突入していく、「走るホース」のようなヘビ型ロボットも実験中だ。
どれも実用化まで、あと一歩だが、「近年、コンピューターなどが急速に高速・小型化して、いよいよ実用化が近くなってきました」。広瀬教授は、巳年に期待している。