BSデジタルは「買い」か 高価、品薄のナゾ
BSデジタルの本放送が始まった。テレビ界では、「テレビが白黒からカラーに変わって以来の革命」といわれているのだが、さっぱり盛り上がってこない。というのも、必要な機器をそろえるのに何十万円もかかってしまうのだ。いったいだれが見るんだ。
ある研究所の放送アナリストが不満顔で言った。
「仕事柄、必要なので、BSデジタル放送のチューナー内蔵型テレビを買ったんですが、なんだかんだで五十万円もかかって……。高すぎますよ。ほかのアナリスト仲間なんか、買いたくないものだから、秋葉原で見せてもらって、それで取材のコメントをしていたりするんですから」
東京・秋葉原の電器店の責任者が閑散とした「BSデジタルコーナー」で嘆く。
「高い、の一語。内蔵型テレビは、まったく売れない日もあります。いまは標準のアナログテレビでも七、八万円も出せば、きれいな画面が見られますから」
新宿の家電店の販売担当者も、
「アナログの倍の値段です。32型の標準のワイドだと、十五万円前後の商品がいま売れているんですが、これがチューナー内蔵だと三十五万円ぐらいします。もう“破格値”ですよ」
売り場で品定めしていた会社員(44)は苦笑い。
「うーん、ちょっと手が出ませんね。世界の秘境ものみたいな番組を見たいんですけれど、テレビを買いたいなんて言っても、カミさんには軽く一蹴されるでしょうね」
さて、NHK、民放キー局系五社、WOWOW、スター・チャンネルの八局によって鳴り物入りで始まったこのBSデジタル放送だが、番組を見るために必要な機器をまず確認しておこう(ケーブルテレビの加入者は、個々のケーブル会社にご確認を)。
(1)チューナー内蔵型のテレビを買う
(2)デジタル対応型のテレビ+BSデジタル用のチューナーを買う
(3)チューナーだけを買う
いずれにしてもBSアンテナを取り付けることが必要だ(BSのアンテナをすでに設置しているなら、それでOK)。
さて、機器の値段だが、
(1)の場合は、ディスカウントしている家電小売店でも、36型で四十万円台半ば、32型で三十万円台半ばが相場。しかも、横と縦の比率が四対三の標準型テレビと違って十六対九と横長のため、家庭によっては、新たにサイズに合ったテレビ台を買う必要が出てくる。台の値段が、テレビのほぼ一割。BSアンテナを設置していなければ、取り付け工事も頼むと二万円はかかる。
(2)でも、テレビがほぼ二十万円台、チューナーが十万円前後するから、三十万円は軽くかかる。
いちばんお安い(3)は、チューナー代だけで済むものの、標準のテレビに接続している限り、画質は「標準」のまま。
さらに、番組を録画しようにも、ハイビジョンのきれいな画質で見るには、一般的に、専用のD-VHSという録画機が必要で、安い店でもこれが十一万円以上、さらに対応するビデオテープも、二時間録画用で一本八百円はする。
なんとか機器をそろえても、局地的な天気予報が得られる番組や買い物ができる「データ放送」「双方向サービス」など、使い方によっては電話回線代もかかる。前出のアナリストの知人は、「バンキング」で自分の口座の残高照会をしているうちに、機器の使い方に不慣れなうえ、画面の切り替わりが遅く、回線代が二百円もかかった。残高照会をしているうちに、残高が減ってしまったわけだ。
■出せるお金は五万円がやっと
テレビの買い替えが盛んな五輪が終わったこの時期、消費者の財布の紐は固い。この九月、BSデジタル放送について博報堂が首都圏在住者六百人を対象に実施した調査では、この放送にかける出費は「五万円が限度」が七五%にものぼり、「十万円が限度」という層は三〇%、「二十万円以上かけてもいい」という層になると、わずか〇・九%にすぎなかった。
三割いる「十万円」の層だが、確かに、ちょうどその値段に近いチューナーだけは売れていて、
「四十人ぐらいが入荷待ち」(新宿の家電店)
「来年二月まで入ってきません」(秋葉原の電器店)
チューナーだけ品薄になったのは、こんなワケらしい。
「お客さまの希望の読み違えでした。ただ、増産したくても、各電化製品でデジタル化が進んだこともあって、業界全体が半導体不足で増産できないんです」(ソニー広報部)
要は、チューナーだけ買って、画質はふつうでいいから番組だけ見られればいい、というお客さんが多かったというわけだ。
「視聴者はそれほど画質にこだわらなくなった。デジタル放送ならではの紀行ものなどの番組ならともかく、ふつうのバラエティーを、いい画像で見てもしょうがないし、討論番組なんか、政治家や評論家のアップを鮮やかな大画面で見たりすると気持ち悪くなりますからね」(映像音響評論家の河村正行氏)
それにしても、こうも値段が高いのはなぜなのか。
まずは出荷台数の少なさだ。この六月から十月末までの五カ月間で、チューナーは各社合わせて約七万八千台、チューナー内蔵型テレビは約三万八千台にすぎない(電子情報技術産業協会による)。この十二月に入っても、
「ラインを増やしてフル稼働する」(松下電器広報部)
という社もあるが、月産五万台程度という社が多く、ふつうのテレビが毎年ほぼ一千万台売れているのに、
「テレビが白黒からカラーに変わって以来の革命」というには寂しい。
「どうせ、そんなに売れませんから、増産の予定はない」(メーカー関係者)
というわけで、量産効果が期待できないなか、
「高い→売れない→価格が下がらない→売れない、の悪循環に陥っている」(さくら総合研究所の西正メディア調査室長)
もうちょっと安くならないものか。西氏は、
「データ放送で、データ読み込みに時間がかかってすぐには画面が出てこないなど、チューナーはまだ未完成品。そうした面を改善しながらだから、価格が下がるペースは緩やかになる」
実際、各メーカーにたずねても、
「徐々に下げなくては、と思っていますが……」(松下電器広報部)
と歯切れが悪いのはまだマシなほうで、
「チューナーの機能を改良しながらの段階で、値段を下げるのは無理」(あるメーカーの広報担当者)
と断言する会社もある。
デジタルメディア評論家の麻倉怜士氏の見通しは、
「内蔵の36型で四十万円を切るかどうか、デジタル対応型で十万円台後半、チューナーもせいぜい七、八万円までにしかならないでしょう」
■清水の舞台から飛び降りたら…
どうせ大して安くならないなら、もっと機能性のアップした「新商品」を待つか。注目は、新しい通信衛星の打ち上げによって来年夏にも発売と期待された「BS・CS兼用チューナー」だ。しかし、
「いま開発中の兼用チューナーでは、BSとCSの番組を切り替えようとすると一分もかかる」(放送関係者)
などといった技術的な問題が解決していないという。そのため、新通信衛星による放送開始も、「大幅にずれこみそう」(郵政省放送行政局衛星放送課)とかで、再来年になるともいわれる。
そもそも、前出の西氏が言うように、テレビに「買い時」というのはないのかもしれない。
「携帯電話やパソコンと同じように、テレビも、画質や音質が向上したり、双方向性が増していったりと、次々と進化していく。待っていたらいつまでも使えないから、どこかで見切るしかない。どうしてもBSデジタル放送を見たいなら、安くなるめどが立たなくても、エイヤッと『清水の舞台』から飛び降りるしかないでしょう」
ただし、番組編成の充実も、機器の機能もまだこれから。西氏は付け加えた。「いま飛び降りたら骨折するかもしれませんが」