ホンダとソニーの“人型ロボット”戦争、一騎打ち
鉄腕アトム、ドラえもん……日本人は、有名ロボットを数多く「輩出」してきた。世界でもっともロボットに対するあこがれが強い国民性だからだという。
そんな期待を背負って、本田技研工業とソニーがロボット開発で火花を散らす。
「雇ってくれませんか」
横浜市内で十一月下旬に開かれたロボット博覧会「ロボデックス2000」で、履歴書を持った日本とドイツの学生が本田技研工業の展示ブースを訪れた。
「ロボット技術を研究したいんです」
応対した本田の社員は、
「うちに開発者として入社するのは、“スピード好き”がほとんど。ロボット技術専攻の学生が目指す会社になったのかと驚きました」
と話す。
博覧会では、本田とソニーがそれぞれ二本の足で歩く人間の形のロボット「アシモ」、「SDR-3X」を出展し、人気を博した。
両社のロボット研究は、ともに独自の歴史がある。
本田でロボット研究が始まったのは一九八六年。自動車とロボットに共通技術が多いことから、経営陣が、
「鉄腕アトムをつくれ」
と命じたのが発端だったという。本田にロボットとは意外な取り合わせだが、ある幹部は、こう言う。
「べつに奇異には感じませんでした。もともと、モーターで動くものなら何でもやる、という伝統があり、芝刈り機を真剣に研究したこともあったからです」
九六年、世界で初めて、二本足で滑らかに歩くロボットを発表し、世界中の研究者に衝撃を与えた。二年後には、階段を上り下りし、転がってくるボールを足で止めるなどの機能を追加した「進化型」を公開した。
■日本の歩行技術、海外を引き離す
博覧会直前に発表されたアシモは、これまで足踏みが必要だった方向転換がスムーズになったほか、「身長」一二〇センチ、「体重」四三キロと、軽量・小型化して人間の子供並みに小さくなった。
気になる発売時期と価格だが、吉野浩行社長は、
「商品化について、まだ決めていない。あえて値段をつけるとすれば、乗用車三台分ぐらい」
と、手の内を明かさない。
ソニーはアシモ発表の翌日にSDR-3Xを発表した。昨年六月以来、二十五万円という高価な愛玩用の犬型ロボット「アイボ」を四万五千台、百億円以上売り上げ、ブームを巻き起こした実績がある。
ソニー幹部によれば、最近、ロボット事業の部署は周囲からうらやましがられる花形になったという。
「開発担当者は一様に、『楽しい』と言います。テレビでもビデオでも、そんなことはなかった」
SDR-3Xは、方向転換はぎこちないが、屈伸や仰向け・うつぶせの姿勢から起き上がる動作や、約二十種類の音声認識ができる。五〇センチ、五キロと、アシモに比べてかなり小型だ。
土井利忠・上席常務は、商品化の見通しについて、
「なるべく早く、なるべく安くと思っていますが、まだ何も決まっていない」
と慎重だが、価格の話題になると、
「このまま商品化すれば、大衆車一台分ぐらい。サイズを小さくしたのも、安くつくれるからです」
と、本田を意識したかのような発言をする。
技術的な違いはわかりにくいが、通産省機械技術研究所の梶田秀司・主任研究官は、こう評価する。
「本田の二足歩行技術は世界トップクラス。ソニーは少し見劣りがしますが、それでも世界で二番目といっていいでしょう。日本の二足歩行研究は海外の追随を許さない高レベルです」
本田とソニーが世界最高水準の技術を引っさげ、人型ロボットを舞台に一騎打ちをするのだろうか。
だが、両社は、
「用途がまったく違う」
と、言下に否定する。
本田によれば、経営陣が目標に掲げた「鉄腕アトム」は、原作での活躍よろしく「人の役に立つロボット」の意味だという。
「一二〇センチという身長は、テーブルの高さ、照明スイッチの位置などを考えると、作業ロボットとしては最小。五〇センチでは、階段を上り下りするのも難しいでしょう」(広報部)
また、車輪で移動するロボットにしなかったのは、
「家の中など人間の生活空間を移動するには、家具を避け障害物をまたげる二足歩行がベスト。人間が操作する『道具』として、いきなり家庭は無理でも、まずは社会のどこかで役立つものを目指しています」(同)
その「対極」に位置するのがソニーだ。
土井上席常務は、「生活は不便になっても心が豊かになるものをつくる」と言い続け、自ら「アイボの三原則」として、「ときに反抗的な態度をとることも許される」「憎まれ口をきくことも許される」などと定めている。アイボには感情があり、人間の思いどおりにならないことも多い。
土井上席常務のもとには、
「盲導犬、聴導犬のアイボを開発してくれないか」
といった声が多数寄せられているというが、
「障害物をよけるとか、周囲の状況を察知して適切に判断することなど、いまの技術水準では難しい。娯楽用なら、誤りを犯してもご愛敬ですむが、介護用は命にかかわる。あと何年かかっても、お仕事中心のロボットは出せないだろう」
日本ロボット工業会の矢内重章・総務部次長によれば、二〇一〇年の個人用ロボット市場は「国内で一兆円規模の潜在力」があるが、「用途は、高齢者などの衰えた運動機能を補う実用ロボットと、独身者を中心にいやしを与える娯楽用に特化していくでしょう」
前者は本田、後者はソニーが目指しているものだ。
本田の開発者は、ソニーのSDR-3Xを見て、
「ライバルが出てきたほうが張り合いがある」
と言う。両社の技術競争はさらに激しくなりそうだが、東大大学院情報学環の前田太郎講師は、こう提言する。
「人型は無駄が多く、製造費も高くて敬遠するメーカーが多いのですが、夢がある。まずは普及させて、使い方は後から考えるぐらいでなければならない」
人型ロボットの将来は、本田とソニーにかかっているのだ。