北朝鮮の事情に詳しい毎日新聞記者の鈴木琢磨氏は、こう指摘する。
「火星17の成功は金正恩政権発足10年の2022年最大のエポックです。そのタイミングでジュエ氏をデビューさせ、4代目もここにいる、国の未来は安泰だとのメッセージを国民に与えようとしたのでしょう。さらに今年7月27日は、北朝鮮では『戦勝節』と呼びますが、朝鮮戦争休戦70年を迎えます。北朝鮮では戦争で米国に勝ったことになっていますし、かつてない頻度でミサイルを発射し続けている現在は疑似戦争をしているといえます。今年に焦点を合わせて周到に準備を進め、父と娘が対米戦争を勝利に導いたという伝説をつくろうとしているのです」
だが、専門家の間では、ジュエ氏を後継者とするには慎重な見方も多い。ジュエ氏は13年1月に誕生したとされるが、10年生まれの長男、17年生まれの次男がいるとされている。家父長的なイメージの強い北朝鮮社会では、家督は男子が継承するのが通例と思われているからだ。韓国の国家情報院もジュエ氏を第2子と見ているが、北朝鮮は一切公表していないから、兄や弟の存在は依然として不明のままだ。
鈴木氏は「実は男の子がいない可能性もあります」と指摘し、こんなエピソードを披瀝する。
「金正日氏の元料理人」として知られる藤本健二氏が16年に北朝鮮へ渡航した時、正恩氏が晩餐会を開いて歓待した。ところが、妻の雪主氏の姿がなかったので藤本氏が尋ねると、正恩氏は「風邪をひき、娘と2人で療養しています」と答えたというのだ。
「兄や弟がいるのなら、その子たちの様子が話題に出ても不思議ではないはず。実際にいたとしても、風貌が金一族に似ていないとか、リーダーとしての資質に問題があるのかもしれない。カギは『白頭の血統』です。見てのとおり、ジュエ氏は正恩氏そっくりです。最高指導者に対する尊敬の念を国民に抱かせるため、容貌は最もわかりやすいメッセージなのです」