母は一緒に住む夫や子どもたちはもちろん、自身の親やきょうだい、義理の両親にもX社の製品を強引に勧め、X社から手を引くよう説得されてもまるで聞く耳を持たなかった。次第に夫婦仲は冷え込み、ライオさんが大学生になったタイミングで離婚した。
娘に絶縁されてもマルチを続ける母
ライオさんの姉が、母に絶縁を宣言したのは2017年のこと。当時体調を崩していた姉に対し、母はX社のサプリを飲むよう迫った。姉が拒否すると、
「なんでX社の製品のよさを分かってくれないの?」
「あなたでは子どもは育てられない。私が引き取る」
などと言い出した。ある日、「学校が終わったらおばあちゃんの家においで」と孫宛てに書かれた手紙が、姉の家の前に置かれていた。この出来事が決定打となり、姉は「X社の活動を続ける限りもう会わない」「孫にも会わせない」と、以後一切の連絡を絶った。
それでもなお、販売員を続ける母の近況について、ライオさんはこう明かす。
「相変わらず、『風邪をひいた』と言うと『サプリ飲め』と返ってきたり、小林製薬の紅麴サプリのニュースにからめて、こだわりの麹を使った醬油をアピールしてきたり、X社の話にひもづいた会話にしかなりません。夏場、家の中は灼熱(しゃくねつ)状態なのに光熱費をケチってエアコンをつけず、その代わり2万円もする磁気ネックレスをはじめX社製品はわんさか買っている始末です」
宗教2世もマルチ2世も“信者の子”
なぜ、家族がめちゃくちゃになっているのにマルチをやめないのか。悪質商法やカルト宗教の被害者救済に30年以上携わってきた紀藤正樹弁護士は、マルチ商法が宗教性をもち、“商業カルト”と化すことがあると指摘する。
「マルチ商法は本来、お金もうけの手段ですが、中には『この素晴らしい商品を広めてみんなで幸せになろう』『マルチネットワークによって世界から貧困をなくそう』などと、経済合理性とは別の観念的な付加価値と結びつくことがある。そうなると、マルチではなくもはや宗教と言うべきです。家計や家族をかえりみずに心酔する“信者”の子という意味では、宗教2世もマルチ2世も被害の実態は変わらないと思います」
ライオさんは2年前、家族にマルチ会員を持つ人たちの課題解決を目指す「マルチ被害をなくす会」を立ち上げ、親族被害についての聞き取りを進めてきた。
マルチ2世は事業者から直接金銭的な被害を受けたわけではないため、公的な相談窓口がなく、SOSを発する場がない。また、マルチ組織に足を踏み入れた人は、搾取される被害者であると同時に他人を搾取する加害者となるため、多くの2世は親がマルチ会員という事実を必死で隠そうとする。
こうした理由から、これまでほとんど明るみに出なかった親族被害の事例を集めるうち、ライオさんはある「共通点」に気づいた。
「『病気を患っているのに標準治療の代わりにマルチ商材の摂取を強要された』『ほかのマルチ会員から胸を触られた』といった虐待に類するものもありましたが、ほとんどの2世が一様に直面していたのは、家庭崩壊の問題でした。離婚や絶縁まで行かずとも、『親子で普通の会話ができない』『顔を合わせるのもしんどい』と似たような苦しみを味わっているのに、多くの人は自分の家が特殊だと思って一人で抱え込んでいました」