ライオさんが6歳の時の家族写真。当時の家の中にはトースターや炊飯器など一般的な調理器具もあったが、この後、次々とX社製品に置き換えられていく(ライオさん提供)
この記事の写真をすべて見る

 2022年の安倍晋三元首相銃撃事件を機に、宗教2世問題が世の中に知れ渡った。一方で、「宗教2世と同じような苦しみを味わっている」と専門家が指摘するのが、マルチ商法にのめりこむ親のもとで育った“マルチ2世”だ。マルチ商法といえば、その強引な勧誘活動が問題視されることはあるが、マルチ会員の家族が、経済的困窮や親子断絶といった深刻な被害を受けていることはほとんど知られていない。そこで、AERA dot.は、マルチ会員を親に持つ人たちの凄絶な人生に迫る「マルチ2世~“商業カルト”で家庭崩壊~」と題した連載をスタートする。第1回は、カルト的手法でマインドコントロールされた親が、家族を犠牲にしてまでマルチに心酔する実態を紹介する。

【写真】2人の娘の父となった現在のライオさん

フォトギャラリーで全ての写真を見る

*  *  *

「自分の家は変なのかもしれない」

 ライオさん(仮名/36歳・男性)がそう気づいたのは、小学6年生のころだった。ライオさんが生まれる前から、老舗マルチ企業・X社の販売員として活動していた母は、毎度の食卓にX社の商品であるプロテインや、ビタミン剤である黄や緑の錠剤5~6種類を並べた。特にプロテインは「激マズ」だったが、兄や姉がこっそり捨てては、母に見つかって怒鳴られる様子を見ていたライオさんは、いつも嗚咽(おえつ)しながら飲み干していた。

「今はサプリを取らないといけない時代に入ってきた。若い世代が健康な社会にならないと、みんなの幸せはない」

「(内部がさびた水道管の写真を見せながら)日本の水道水は危ないから、浄水器は必須」

 母は、健康の大切さと周囲にひそむ危険について、毎日のように子どもたちに訴えた。

 また、「X社で結果を出して、将来、子や孫に何かあれば支えたい」と販売員としての成功も夢見ていた。そのため、市販品と比べて高額な商材の数々を大量購入して親戚や知人友人に配り、その素晴らしさを説いた。鍋、浄水器、空気清浄機、シャンプー、洗剤、調味料、化粧品……気づけば家の中は、X社製品であふれかえっていた。

子どもに総額1000万円を無心

 母は販売員活動のほかに複数のパートを掛け持ちしていたが、その収入はとうてい日々の出費に見合うものではなく、そのうちに父が勤めていた会社が倒産。家計は火の車となった。ライオさんは、当時の経済状況をこう振り返る。

「身のまわりのものは基本的に兄や姉のおさがりで、部活動の道具は友人から譲ってもらいました。3人きょうだいのお年玉や奨学金の一部は、家のローン返済に消えました」

 その後ライオさんが社会人になると、今度は母からお金を無心されるようになった。「お金と引き換えに母との関わりを避けられるなら」と、これまで計300万円ほどを渡してきたが、兄にいたってはその額およそ700万円に膨れ上がっている。

 しかし、なによりもライオさんを苦しめたのは、「家庭の崩壊」だった。

著者プロフィールを見る
大谷百合絵

大谷百合絵

1995年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。朝日新聞水戸総局で記者のキャリアをスタートした後、「週刊朝日」や「AERA dot.」編集部へ。“雑食系”記者として、身のまわりの「なぜ?」を追いかける。AERA dot.ポッドキャストのMC担当。

大谷百合絵の記事一覧はこちら
次のページ
“宗教性”をもつマルチ商法