「弥生子は平塚らいてうが創刊した『青鞜』にも翻訳を掲載しました。でもロマンティック・ラヴを追求した、らいてうや伊藤野枝とは一線を画しています。弥生子も自分の意思で結婚相手を決めましたが、妻として母として生きることの葛藤を抱える、ごく普通の女性の姿も浮かび上がってきます。当時は作家であるなら家を出るとか、作家をあきらめて子育てするしかない時代で、弥生子のように両方を踏ん張ってやった人はめずらしい。調べるほど、弥生子に共感していきました」

 映画、小説、アニメなど現代の作品を小川さんが読みとくと、弥生子が描いた女の葛藤が、現代の作品でも語りなおされていることに気づかされる。

「本で取り上げている女性のほとんどは〈翔べない女〉、アルファ・ヒロインではなく、ベータ・ヒロインです。弥生子は抵抗できるアルファ・ヒロインも書きましたが、同時にベータ・ヒロインがいかに声を奪われていたのかも書いている。それは彼女自身が、少女時代や妻、母として生きた生活の中で、声を奪われる経験をしたからだと思います」

「声を奪われたたくさんの女性がいたことを忘れてはいけない」と小川さんは言う。そして戦争の死者といった存在について、生きている人間が忘れずに語り続けることも。

「タイトルの『翔ぶ女たち』には、私の願いをこめました。実際には、翔べない人たちもたくさんいる。でも、どうやったらその人たちも翔べるようになるのか。野上弥生子の作品には考えるためのヒントがあると思います」

(ライター・矢内裕子)

AERA 2024年9月2日号

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