イラスト:サヲリブラウン
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 作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。

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 先日、仙台に行ってきました。プロレス観戦に! 我ながらようやるわと思いますが、観たいものがあるのだから仕方がない。観たいうちは観る。

 今回は、もうひとつ予定がありました。十数年の付き合いになる、仙台在住の友人と会う約束があったのです。

 彼女との出会いはSNS。確か私が「可愛い犬を見たけれど、犬種がわからない」というような、本当になんでもないつぶやきをしたときに、「それはサルーキですよ」と教えてくれたのが彼女。そこからやりとりが始まりました。いまと違って、SNSがもう少し牧歌的だった時代の話。

 彼女は仙台、私は東京。会う機会がないまま1年以上ネット上で交流していたある日、東日本大震災が起きました。

 住居は無事だったものの、シングルマザーとして小さなお子さんを抱え、先の見えない毎日を頻繁な余震とともに過ごす彼女の心労は計り知れないものでした。東京の私がこれほど不安なら、彼女のそれはどれほどか。できることはないかと考えあぐね、「子どもが好きなパンを焼いてあげたいが小麦粉がない」と嘆く彼女に小麦粉を送りました。ネット上でしか知らない相手に住所を教え合うことは、お互いにとってリスクでしたが、そんなことを言っている場合ではなかった。

イラスト:サヲリブラウン

 それ以降、彼女が東京に遊びにきたり、私が仙台を訪れたりで十数年。販売員の仕事をしていると聞いていたけれど、会って話すと、実は企画から仕入れから値付けから、なにもかも彼女がやっていると知りました。そこまでできるなら独立したほうが楽しいと何度も伝えたけれど、そんな技量はないと彼女は尻込みするばかりでした。

 常々、ものごとはゆっくり時間をかけて、あるべき方向に勝手に進んでいくものだと私は思っています。彼女に関してもそうでした。ついに、店のオーナーを彼女が引き継ぐことになったのです。

 SNS上ではやり取りを続けており日常のあれこれはお互い把握していますが、顔を合わせて話さないとわからない機微というものは、やはりある。言葉ではまだ独立を不安がってはいたけれど、彼女はすでに腹を括った顔をしていました。その調子!

 娘さんの近況を訪ねると、今日は東京の大学へ見学に行っているとのこと。あんなに小さかったのに! 光陰矢の如し。そりゃ私も51歳になるってもんです。

AERA 2024年8月26日号

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ジェーン・スー

ジェーン・スー

(コラムニスト・ラジオパーソナリティ) 1973年東京生まれの日本人。 2021年に『生きるとか死ぬとか父親とか』が、テレビ東京系列で連続ドラマ化され話題に(主演:吉田羊・國村隼/脚本:井土紀州)。 2023年8月現在、毎日新聞やAERA、婦人公論などで数多くの連載を持つ。

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