元TBSアナウンサーで現・兵庫県姫路市教育長の久保田智子さんが、被爆体験の伝承者になったことを思い出した。伝承者になる研修は3年がかり(現在は2年)。被爆者の話を聞き、原稿を書き、語る練習をする。精神的にしんどくなるかもしれない。でも、できるところまでいってみよう、と申し込んだ。

自分を責める被爆者

 研修で話を聞いた被爆者は、一人一人が教科書からは読み取れない経験を抱えていた。その中の一人、切明千枝子さん(94)は15歳で被爆。残酷な被害を冷静に語っていたが、ある少女の話になると涙を流した。

 おじを捜しに行った病院で、少女に「お姉ちゃん、お母ちゃんを捜して」と足をつかまれた。「分かったわ」と言うと、少女は「ほんとよ」と笑顔を返した。少女についた「小さな嘘」。そのことを抱え続けている切明さんが、祖母と重なった。

「被爆者がなぜ自分を責めなければならないのか」

 広島に通って4年。答えを探しながら、今の想いをこう話す。

「被爆者は、苦しみの極致を体験し、最期まで心の傷を抱えて生きている。多くの人が祖母のように一言も語らず亡くなっていった。にもかかわらず体験を語るという決意をされた切明さんに心の底からの敬意と感謝をもって、これからも時間が許す限り思いを受け継ぎたい」

(編集部・井上有紀子)

AERA 2024年8月12日-19日合併号より抜粋