介護現場で抱える葛藤
ここ数年で介護職の待遇が改善しているとはいえ微々たるもので、まだまだ厳しい。担い手は少なく、どこも人手不足。一人辞めれば残った人の負担が大きくなる。そしてそのひずみが利用者に行く。利用者の声に丁寧にゆっくり向き合うゆとりある介護現場を見たことがない。
実は記者も介護福祉士の資格をもち、執筆業の傍らで、介護の現場で高齢者と触れ合う。人生の先輩のそばにいると、些細(ささい)な変化や言動に心が動き、学ぶ事が多い。介護の仕事ほど人間力が養われ、人生勉強ができる職業はないのではないか、と感じている。肉親の介護では学べないものが、現場にはある。
そんなやりがいを感じる一方で、「もっとこれができたら」「あれができたら」と、やりすごしていること、あきらめざるを得ない事への葛藤が常に付きまとっているのも事実だ。
「利用者が望む、やってほしいこと」をかなえられないという現実は、介護の現場で多くの人が感じている「大きなむなしさ」だ。これは高齢者福祉に限らず、社会福祉全般で起きていることだと思う。これを解決すべく、多方面からのアプローチや策を施しているものの、なかなか変わらない。これが今の介護現場の問題点だ。
介護人材も適応力・経済力アップ
介護技術と旅の業務知識をそなえた民間資格「トラベルヘルパー」を育成する日本トラベルヘルパー協会会長の篠塚恭一さんは、こう話す。
「日々介護の現場で働く介護職員たちは基本的にはルーティンの仕事で、ともするとマンネリ化しがち。利用者の『かなえてほしい』を『かなえてあげたい』、でも『かなえられない』という葛藤が常にある。そんな彼らが、トラベルヘルパーの資格を取得し、旅という非日常の世界で、彼らがもっている介護技術を使うことで、現場での応用力や適応力が高まり、モチベーションも高まることでしょう。しかも普段の仕事とは別に個別に請け負う仕事であるため、経済的にも潤います。
土地が違えば、お年寄りに対する接し方も違う。様々な経験を積み、『あれもできない、これもできない』から、『これもできる、あれもできる』という考え方に変わっていくでしょう。こんな表情で笑ってくれるのか、とそれが喜びになり、やりがいにつながり、可能性も視野も広がるように感じて、介護職たちの職能が上がっていくと思います」
その結果、介護人材不足が解消していけば、さらに良いスパイラルになるだろう。
旅はそれだけ価値のあるもの、高齢者の笑顔や、生きる力を引き出すものであるからだ。
篠塚さんはこう続ける。
「本来介護の世界は自由です。介護保険制度でやる部分と、制度外でできることを自由に選べるんです。制度で決められたことだけをやるのは、事業者にとってはリスク回避になるかもしれないが、利用者側にとってはどうだろうか」
前出の日本介護旅行サポーターズ協会の糠谷さんもこう話す。
「どんどん介護職員たちに、おやすみの日を使って、副業で旅行に連れ出していってほしいと思っています。その実現のためにこの資格(旅行介助士®)があり、協会がある。システムがあるのです」
介護職が離職する理由に、「職場での人間関係」というのがある。ある調査データによれば離職理由の第1位が「人間関係のストレス」となっている。せっかく志を高く持って、介護の現場に入ったのに、業務内容ではなく職場での人間関係がストレスとなり介護の仕事をやめるというのはとても残念な話だと思う。
この潜在的な介護人材を、「トラベルヘルパー」「旅行介助士®」といった職種が介護の世界にもう一度すくい上げることができれば、人手不足で切迫した介護の世界も少し余裕が生まれ、多少なりとも人材不足の解消につながるだろう。のみならず、旅行によって高齢者も活力を取り戻すことができて、健康寿命も延びていくだろう。そして何より経済も潤い、多くの人の心も潤う。
たかがトラベルヘルパー、されどトラベルヘルパー。彼らが超高齢社会の光になるかもしれない。
(記者・介護福祉士 大崎百紀)
※AERAオンライン限定記事