ペンタゴン・ペーパーズの報道を主導した当時のポスト紙の編集局長ベン・ブラッドリーはしかし、ケネディ政権時代には、渡邉恒雄が大野伴睦に食い込んでいたのと同様に、毎週のように家族でケネディとディナーをともにしていた。
国防長官だったマクナマラとの関係を責められたポスト紙の社主キャサリン・グラハムは、ベン・ブラッドリーにこう返す。あなたも同じではないか、と。
実はケネディ政権のさなかにおきたピッグス湾侵攻事件では、ケネディからのブリーフィングをうけポスト紙は知っていたが、ろくな記事を書いていなかった。
ニクソン政権は、国家安全保障上の理由からペンタゴン・ペーパーズの掲載は国民の不利益になると主張していた。
映画では、ベンは「そうした時代は終わらなければならない」として掲載にふみきる。
この報道があって、1972年からの調査報道の金字塔ウォーターゲート報道が生まれるのである。
政権や官庁に深く入り、情報をとって分析するというのが現在まで続く読売のお家芸だろう。検察や公正取引委員会から深い情報をひきだし、それを鋭い分析で提示する。
しかし、ウォーターゲート報道から始まった調査報道については、日本ではぽっかり空洞になっている。かつては朝日の御家芸だった。それも2017、18年の森友・加計問題の報道くらいまでで、それ以降、この権力をチェックするという立ち位置には、赤旗や週刊文春がかろうじて頑張っている状況だ。
国家安全保障上の秘密が優先するか、国民の知る権利が優先するか。
1971年当時、合衆国の最高裁判所は、ブラック判事の評決に書かれたように「報道は為政者に奉仕するためにあるのではない、人々に奉仕するためにある」という理由で、タイムズ、ポストの報道を合法とした。
この問題は、台湾有事を控える日本のメディアにとって遠い昔の外国の出来事ではない。
そんなことを思いながら、渡邉がまだ40歳だった頃、ペンタゴン・ペーパーズの報道が世界を揺るがす5年前に書かれたこの本を読んだ。
※AERA 2024年7月15日号