(左から)『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』は渡邉の本が書かれた5年後にアメリカで起こったジャーナリズムのその後の運命を変えた出来事を描いている/『自民党と派閥 政治の密室』(実業之日本社)。渡邉はこの本を書いた直後にワシントンに赴任し、72年1月に帰任するから、ペンタゴン・ペーパーズの掲載をかの地で見たことになる(撮影/写真映像部・山本二葉)
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 実業之日本社の編集者村嶋章紀は、学生時代から渡邉恒雄のオタクだった。きっかけはなんだったのかは覚えていない。ただ、村嶋は中央大学文学部哲学専攻だった。渡邉恒雄も東大の哲学科出身で、終戦直前に兵隊にとられた時、かばんにしのばせていたのが、カントの哲学書だったというエピソードが日経の「私の履歴書」をまとめた『君命も受けざる所あり』という著作に出てくる。

 哲学をやる人間がどろどろした現場もやる。そうした考えに痺れ、渡邉の本を読みあさった。絶版になって入手できない本は、国会図書館にいって読んだ。

 実業之日本社から、4月に復刊された『自民党と派閥 政治の密室』という本は、そうして村嶋が、国会図書館で読んだ本の一冊だ。もとは雪華社という出版社から1966年11月に『政治の密室─総理大臣への道』として出版され、増補新版が翌年出ている。

 2022年11月6日の「しんぶん赤旗日曜版」が「パー券収入 脱法的隠ぺい2500万円分不記載」を報じて以来、自民党の派閥のありかた、政治資金のありかたの議論が沸騰しているのを見て、今しかこの本を復刊するチャンスはないと思ったのだという。

 村嶋はまだ弱冠28歳、読売に対するつては何もなく、広報を通じて復刊を打診した。

「主筆に対する企画書を書いてください」と言われ、心をこめて自分の思いを書いた。するとOKがでた。ただその際に、現編集局長の前木理一郎が、元本が出版されて以降の自民党の派閥について書き下ろすという条件がついた。

泥臭い現場を活写しつつ優れた分析力がある

「復刊にあたって」という前木の前文は、同じ社の人間である渡邉に対して敬語を使っている。これはどう考えても変だ。読者に対しては、同じ社の人間について語るのは、たとえ上席であっても謙譲語だろう、と私が言うと村嶋はこんなふうに前木をかばった。

「前木さんは、心底主筆のことを尊敬しているから自然とそうした筆遣いになる」

 私はこの本のことを、懇意にしている週刊誌のデスクが鞄にいれて持ち歩いているのを見て知った。

「下山さん、この本面白いんですよ」とそのデスクは言ったが、〈薄暗くなったホテルの一室で老人が、顔をくしゃくしゃにして泣いていた〉という一文から始まるその本は、出だしから掴み充分。

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