伊藤:これからの世の中を生きていくうえで、人は、人倫の利益のために行動すべき的な価値観を避けて通れなくなっている、ということでしょうか。
佐藤:個人主義に基づき、一人ひとりが自己実現という幻想を追いかける形でがんばれば、右肩上がりの経済成長が続き、税収も増えるというモデルが成立しなくなりました。そこで国はもう一度、共同体のために行動できる人材の育成を重視する方向に教育の舵を切ったのだと思います。ただし、国家が前景化すると言っても、かつてのように国家が手厚い福祉によって国民を庇護するという形ではないと思います。一人ひとりが主体的=内発的に人倫に尽くすように仕向ける。その場合の人倫は国家を除く人倫です。つまり、家庭や企業、言い換えれば社会の側に福祉機能を担わせることで国家は身軽になる。かつ、国家統合は崩さないという連立方程式を立てているように思えます。
日本史による世界史の吸収
佐藤:今回の改訂で学習指導要領の方向が共同体強化に向いているように思います。たぶん、この方向性は「倫理」や「公共」だけでなく、「歴史総合」も「地理総合」も共同体強化の方向、言い換えれば、自国中心史観に移行しているのではないかと思います。日本史と世界史を一つの科目で教える「歴史総合」は、単に日本史と世界史を併存させたのではなく、日本史が世界史を吸収することを意味していると思います。そのように見ると、「歴史総合」が必修科目になっているのも頷けます。
伊藤:日本史と世界史を融合させた「歴史総合」を新設するにあたり、当初、文科省は日本史中心だという説明をしていました。ところが出来上がった教科書を見てみると、世界史の記述割合が多く、社会科の同業者たちは、「これは世界史だ」と言っていたのです。しかし、半年がかりで「スタディサプリ」の歴史総合の収録を終えた段階で、私にはそう思えなかったんですね。日本史の記述が少ないから世界史だというのはあまりに短絡的な見方だと思えたのです。