話はLINEでしましょう
精子バンク設立に先立ち、岡田さんらは精子取引の実態を調査した。
インターネットの検索サイトで「精子ドナー」「精子バンク」などのキーワードを打ち込んだところ、140のWebページが見つかった。ところが、そのうち約3分の2はトップページのみで中身がなかったという。
「多くの場合、単にリンクが張られていて、クリックすると『話はLINEでしましょう』と誘導されるんです。そうすると、もう表には出てこない」
140のWebサイトについて、メールアドレスの掲載、感染症検査の有無、遺伝性疾患への言及などの項目をチェックしていくと、最終的に岡田さんらの基準をクリアしたサイトはたった5つしかなく(2つは個人サイト、ほかは企業サイト)、全体の実に96.4%のサイトが「安全でない」と判断された。
「危険なサイトだらけで、非常に闇が深くなっている。DIというのは本来、医療行為です。ところが、現実には医療者の手を経ない部分がたくさんあった」
ドナーは医療関係者
22年4月、みらい生命研究所は精子の提供を開始。ドナーは全員、不妊治療のことをよく理解し、献身的な気持ちで協力してくれた医療関係者だった。
「軽率な気持ちでドナーとなる人が紛れ込んだら、精子バンクの仕組みは土台から崩壊してしまいますから」
妻と一緒に同研究所を訪れ、「ぼくらと同じように家族ができるといいですね」と言って、ドナーになる人もいた。
精子提供者のうち、4割は匿名だった。
「匿名」が成り立たない
「ただ、現実的には『匿名のドナー』というものが成り立たなくなっているんですよ」と、岡田さんは説明する。
DNA情報は究極の個人情報だが、米国生殖医学会(ASRM)によると、膨大なDNA情報が民間のデータベースに保管されている。そこから得た遺伝情報と、SNS上に出回っている顔写真を組み合わせると、たとえ匿名であっても遺伝上の父親を特定することはそれほど難しいことではないという。すでに欧米ではそれが商業化されており、精子提供で生まれた人がそのサービスを利用して匿名の相手にたどり着いた例がいくつもある。
そのため、生殖医療関係者の間では「匿名」「非匿名」という言葉は使用されなくなっているという。代わりに用いられているのが「Non-identified(ノン・アイデンティファイド:身元が明かされていない精子提供者)」「Directed(ディレクティッド:身元を明かすことを指示された精子提供者)」という言葉だ。
ASRMはノン・アイデンティファイドのドナーに対しても、匿名性を失うリスクについて説明することを強く推奨している。
「公開していないはずの携帯電話番号やメールアドレスが流出して、見知らぬ人から連絡がくることは珍しくありませんが、それと同様のことが精子提供者にも起こっている」