昨年3月末、国内初の精子バンク「みらい生命研究所」(埼玉県越谷市)が活動を停止した。精子バンクの位置づけについて、法整備が進まなかったためだ。一方、今国会に「生殖補助医療法案」が提出され、法案が成立すれば、精子バンク再開のめどが立つという。
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起こっていた「とんでもない事態」
「不妊に悩む女性に手渡された精液が感染症の病原体を持っているかもしれない。その精子が提供者のものかもわからない。実際に子どもが生まれてきて、日本人の精子ではないことがわかったりする。そういう、とんでもないことが起こっていました」
獨協医科大学埼玉医療センター・国際リプロダクションセンター(越谷市)の岡田弘チーフディレクターは、みらい生命研究所を設立した理由をそう語る。岡田さんは男性不妊治療・研究の第一人者だ。
岡田さんがボランティアによる第三者の精子を用いた生殖医療のための精子バンクの設立を構想したのは2020年。
同年12月、生殖補助医療などに関する法律が成立した。不妊治療として提供精子を人工授精で用いるルールなどを定めることについては課題として残されたが、「2年後をめどに法的な措置を検討する」ことを盛り込んだ付帯決議が議決された。
21年、岡田さんは独協医大を運営する学校法人の関連会社から出資を受けてみらい生命研究所を設立した。新法の成立を見越した、いわば見切り発車だった。
精子の取引の闇
精子バンクの設立を急いだ背景には、10年ほど前からSNS上を中心に広がっていた個人間での精子の取引がある。
「精子の売買とまでは言いませんが、それがいわゆる『闇』で行われていた。これは、えらいことだと思った」
現在、日本産科婦人科学会は「提供精子人工授精(DI)」について、国内16登録施設でのみ実施を認めている。ところが、SNS上でドナーを探し、提供された精子を自分で膣内に注入したり、登録外施設で使用したりするケースが横行していた。
個人間での精子の取引には、安全性の課題だけでなく、犯罪性を帯びる場合もある。たとえば、精子提供者を名乗る男がSNSで夫が不妊治療中の女性を誘い、セックスに持ち込んだケースもある。