地方紙の編集局を訪れてまず驚いたこと。欧米の編集局では10年以上前に消えてしまったさまざまな音が聞こえてきたことだ。ファックスが記録紙を吐き出す音。そして編集局に響きわたる共同通信の「ピーコ」とよばれる速報。

 プログラムの中では、仮説を各新聞社にたてさせそれを実際にやってみるということが行われた。たとえば女性層にリーチをしたい場合「トップページに女性の写真が多いと女性読者が訪れる割合が多い」と仮説をたて、それを実際にやってみるのである。そうすると訪問者数は増えたことがわかるから、それではつぎにそうして訪れた女性読者に有料版を購読してもらうにはどうするか、というふうに進んでいく。

今問われているのはメディアの持続可能性

 FT Strategiesはこれまで、全世界で700以上の新聞社・出版社・テレビ局などの有料デジタル化についてのコンサルやプログラムを行っており、そうした中にはモンゴルの新聞社やケニアのメディアコングロマリットなどもある。

 ギリシアでは、Kathimeriniという高級紙のデジタル有料化のコンサルを請け負ったが、ギリシアの新聞社でそのとき、インターネットで有料版をだしている新聞社はなかった。

「彼らはデジタル有料版に移行するのをとても恐れていましたが、しかしそのままでは、10年後には倒産したでしょう。我々はローンチの手助けをし、今のところその結果は上々です。今問われているのは、メディアの持続可能性なのです。新聞社の幹部は5年後のことを考えるのがとても苦手です。たしかに今のところ紙でまわっているかもしれない。しかし、この部数の下がり方を延長していけば、持続不可能になることは明らかで、だからこそ5年後、10年後にデジタルと紙のバランスをどうしていくかというビジョンを今たてることが必要なんです」(サブリーナ)

 サブリーナたちは、日本の地方紙のプログラムをやってみた評価をペーパーの形で出しているが、それを読んでみるとなかなか手厳しい。

〈将来的に目指すべき姿が不明確であるため、社内におけるデジタル事業の位置づけや、リソース配分のバランスについて、社内でコンセンサスが採れていない〉

 ヤフーなどのプラットフォーマーとのつきあいについても、「外部のプラットフォーマーに頼るのは危険だ」と明快だ。

 FT Strategiesは全部で60名あまりのスタッフがいる。その背景は、コンサルタント出身者やメディア出身者、エンジニアなど多様だ。

 日本ではこのあとグーグルニュースイニシアティブのプログラムが今年もあるが、それ以降は、個別で新聞社がFT Strategiesと契約という形になる。

 が、「そうした新聞社が出てくるかどうかはわからない」とサブリーナは言うのだった。

AERA 2024年6月17日号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。標準療法以降のがんの治療法の開発史『がん征服』(新潮社)が発売になった。元上智大新聞学科非常勤講師。

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