「ヒトの性染色体は女性がXX、男性がXYである」。理科の遺伝に関する授業で、こう教わったことを覚えている方もいらっしゃるでしょう。このY染色体が人類全体においても、私たちの体からも、刻一刻と失われつつあることがわかってきました。
生物学者で北海道大学教授の黒岩麻里(あさと)さんが、このホットな問題について驚きの事実を示し、誤解を解き明かす最新刊『「Y」の悲劇――男たちが直面するY染色体消滅の真実』のまえがきとあとがきを一部改編して公開します。
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精子の劣化とY染色体の退化の関係
2002年、『Nature』という世界的に有名な科学雑誌に、「The future of sex(性の未来)」と題された論文が掲載されました。たった1ページの短い論文でしたが、その内容は大変ショッキングなものでした。
現代を生きる男性の精子が機能的に劣化し、絶望的な窮地に晒(さら)されている。こうした精子の機能不全には、精子への酸化ストレスと、Y染色体の退化が関係しているのではないか?
水面(みなも)に石が投げ込まれたかのごとく、この論文の発表後、多くの波紋が広がっていきました。世界中の研究者がY染色体の進化について議論を交わし、そして日本を含む各国のメディアにより、Y染色体がいつか消えゆく運命にあると、「Y」の悲劇と男性の惨状がこぞって報道されました。
この論文が発表されてから20年以上もの年月が経ち、科学技術の進歩とともに、当時はわからなかった発見がなされてきました。一方で、20年以上経ってもなお、未だ解明に至らないことも多く残されていて、Y染色体の謎は深まるばかりです。
女性をカスタマイズしたのが男性?
ヒトのY染色体は退化の一途をたどり、いつか消えて失くなってしまう――Yはいま現在進行形でこのような悲劇の渦中にいます。もし完全に失くなったら、いったい私たちはどうなってしまうのでしょうか?