──いまもそのころに培ったやり方が自身の創作のベースだ。特に大学の講義で学んだ一般教養や社会学が役に立っているという。
映画作りの授業よりも、哲学や記号論、社会学などの授業がおもしろかったですね。芸術大学の学生は基本、あまりそういう授業をまじめに聞かないから、来る先生も一般大学では言わないような話をするんだと思います。「だからいまの社会はダメなんだ!」とか日頃のフラストレーションを発露させる先生もいて(笑)。
例えば官僚や会社経営者が映画や文学、ときに前衛舞踏などからなにかをキャッチすると聞いたことがありますが、その感覚は間違いなく正しいと思う。経営者が経済学をやるだけではうまくいかない。芸術をやる人も同じでアートや文学だけでなく、政治や社会についての学びが表現の役に立つと思います。
──大阪芸大卒業後、日本大学大学院芸術学研究科に進み、09年に「川の底からこんにちは」で一躍名を馳せた。母校・大阪芸大の客員教授を務めて9年ほどになる。
いま100人の学生を前に話をしていてもなんだかZoom会議をしてる感じがするんです。うなずきや相づちもない。映画作りってみんなの力を結集させなきゃいけないのに どうするんだろう?って思っちゃう。それでも楽しみな作品を作る学生もいるんですけどね。それに自分を振り返ってみても、若い人って何百年も前から変わっていない気もする。みんな何かをたぎらせているけど、それはこっちに見えてこないのかもしれない。若い世代に教えるのは難しいです。
それでもとにかく大学生に言いたいことは「今しか時間ないよ!」につきます。自分も散々言われて、聞く耳を持たなかったけど(笑)。大学生の脳みそには入れたものが全部入る。どんなに寝なくても疲れない素晴らしい肉体と頭脳があるんだから、いま入れといた方がいいんじゃないかなって。それが一番のメッセージですね。
(構成/フリーランス記者・中村千晶)
※AERA 2024年6月3日号