・戦闘使用
戦況が不利な場合、戦術核兵器を大規模に戦闘使用する。つまり、全面核戦争に至らない範囲で核兵器を使用してあくまでも勝利を目指すという考え方であり、冷戦期の限定核戦争論とほぼイコールに捉えることができる。
・戦争終結の強要
進行中の戦争において、ロシアに有利な条件で(あるいは受け入れ可能な条件で)戦闘を停止することを敵に強要するため、ごく限られた規模で核兵器を使用する。この場合、核使用の目的は戦争の勝利ではなく停止に置かれるが、敵の戦意を喪失させるために「受け入れがたい損害」を惹起することが求められる。具体的には、数十万人の民間人死傷者を出すような対価値攻撃を行って、戦闘を停止しなければこれと同じことが続くというメッセージを出すことが想定される。
・開戦・参戦阻止
潜在的な敵がロシアに対して戦争を開始すること、あるいは進行中の戦争にまだ参加していない国(または同盟)が参戦してくることを阻止するため、核兵器を限定使用する。この場合、当該の第三国を逆上させる恐れを排除するため、核兵器はほとんど(あるいは全く)犠牲者の出ない形で使用される。具体的には船舶の航行が稀な海域や、ごく少数の軍人だけが勤務する軍事施設等の上空における核使用が想定される。
米国がいう「エスカレーション抑止(E2DE:escalate to de-escalate)」の考え方は、このうちの戦争終結と開戦・参戦阻止の双方を含んでいる。つまり、限定核戦争で勝利を目的としない先行核使用全般がE2DEと呼ばれているわけだが、そのどちらを追求するのかによって核使用の様態はかなり変わってくるということが読み取れよう。
では、ロシアは本当にこのような核戦略を持っているのかどうか──つまり、いつ・どんな場合に・どのような形で核使用を行うのか。現在に至るも、ロシアはこの点を明確にしていない。その後の2010年版『軍事ドクトリン』や、現時点での最新バージョンである2014年版『軍事ドクトリン』に記載された核使用基準は2000年版と大同小異であって、停戦強要や開戦・参戦阻止を目的として核兵器を使うとは述べていないのである。ソーコフは、2000年版軍事ドクトリンに追加された新たな核使用要件がエスカレーション抑止を指していると述べており、この考え方に従うならば既にロシアの核ドクトリンにはE2DE型核使用(あるいは参戦阻止型核使用)が盛り込まれていることになるが、その可能性を示唆すること自体が目的の神経戦に過ぎないとの見方もまた根強い。