ただ、2010年代後半には、ロシアの公式文書には微妙な変化が見られるようになった。その第一は2017年に公表された『2030年までの期間における海軍活動の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎』で、ここでは「軍事紛争がエスカレーションする場合には、非戦略核兵器を用いた力の行使に関する準備及び決意をデモンストレーションすることは実効的な抑止のファクターとなる」(第37パラグラフ)とされた。第二に、2020年に公表された『核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎』では、「軍事紛争が発生した場合の軍事活動のエスカレーション阻止並びにロシア連邦及び(又は)その同盟国に受入可能な条件での停止を保障する」ことが核抑止の目的の一つに数えられた。

 ただ、これらはあくまでも「一般論として」このような核使用のあり方が想定されるという体裁になっている。前述のとおり、核使用要件を定めた最上位の政策文書である『軍事ドクトリン』の内容に大きな変化が見られない以上、E2DE型核使用をロシアが真面目に考えているのかどうかは「わからない」というのが今のところ最も誠実な答えになろう。

「裏マニュアル」は存在しない

 これは別段、奇異なことではない。核兵器使用の具体的なシナリオを明らかにしないのはどこの核保有国も概ね同じであるからだ。ロシアだけが特別に秘密主義的なわけではなく、どんな条件で核を使うかを曖昧にしておくことこそが核抑止の信憑性を保つ上で必要なのである。

 それでも最低限の核使用基準を明らかにしている核保有国は少なくないし、ここまで見てきた通り、ロシアもその一つである。このように対外的に公表される核使用基準は宣言政策と呼ばれ、「我が国に対してこんなことをしたらこっちは核を使うからな」というメッセージを発することにその最大の眼目がある。専門用語で言えば、戦略的コミュニケーション(strategic communication)の道具が宣言政策である、ということになろう。

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