阪神甲子園球場の外野席からグラウンドを見つめるダンカンさん(撮影/2010年8月)

 タレントのダンカンさん(65)は、妻の飯塚初美さん(享年47)を病気で亡くしてから今年で10年目を迎える。よく飲んで遊んだ「昭和の芸人」と共に生きてくれた愛妻を失い、葬儀で号泣したダンカンさん。一人残されたその後と、今をどう生きているのか聞いた。

【写真】若いころのダンカンさん夫妻

 初美さんは2014年の6月に、乳がんで亡くなった。2人はお互いを「ママリン」、「パパリン」と呼びあっていた仲良し夫婦。ダンカンさんは葬儀を終えても、初美さんを失った現実が受け入れられなかった。

「夕方、家にいるとね。ドアが開いて、買い物袋を抱えた妻が『遅くなってごめんね』って言いながら帰ってくるんじゃないかって。毎日そんなことを考えていました」 

 でも、初美さんは二度と帰ってこない。 

 たまたま聴いた演歌歌手・山本譲二の「みちのくひとり旅」のワンフレーズに、胸が苦しくなった。

 生きていれば、いつかは会えると歌った部分だ。 

「生きていたならそうなんでしょうけど、僕はこの地球上のどこを探したって、もう妻に会うことはできないじゃないですか」 

 夜遅くに子どもたちの寝顔を見ていると涙があふれた。子どもたちには妻の血が流れている。でも、自分は妻とは“他人”でしかなく、残されたのは妻の記憶と、そのぬくもりだけだ。 

「どうしてかはわかりませんが、妻の血が流れているのがうらやましく感じて……。子どもに嫉妬して、泣いてしまったんです」 

 配偶者やパートナーとの死別は「人生最大のストレス」と言われる。ダンカンさんは、仕事をする気力も失った。「がんばれ」という周囲の励ましがつらすぎて、人が嫌いになりかけた。 

「がんばれって、幸せになるために人はがんばるんだよ。今の俺に何をどうがんばれっていうんだ!」

 8歳年下の初美さんとの出会いは、テレビ番組のアシスタントのアルバイトに、20歳の彼女が応募してきたとき。芸人仲間がナンパしたのがきっかけだった。

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國府田英之

國府田英之

1976年生まれ。全国紙の記者を経て2010年からフリーランスに。週刊誌記者やポータルサイトのニュースデスクなどを転々とする。家族の介護で離職し、しばらく無職で過ごしたのち20年秋からAERAdot.記者に。テーマは「社会」。どんなできごとも社会です。

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