朝のミーティング。中心的な役割を果たすのは地元の看護師、中村悦子さん(中央)。自らも被災しながら福祉避難所と訪問看護ステーションの仕事は続けてきた(撮影/古川雅子)

ミステリーツアーのように行き先が把握できない

 背景には、国や石川県が広域避難を呼びかけていたことがある。県は1月8日、生活環境の整った「2次避難所」に入るまでの一時的な避難先として大規模体育館などに「1.5次避難所」を開設。国は当初、2次避難所を北陸や三大都市圏で2万5千人分確保したと発表した。

 だが、ホテルや旅館などの2次避難先では、ケアの必要な要配慮者は敬遠されがちだった。「高齢の要介護者ばかりが1.5次避難所にスタック(停滞)していた」と、輪島市在住で市内の別の地区に両親が住む小田原寛さん(55)は証言する。

 小田原さんには80代の両親がいて、父はレビー小体型認知症。震災前は母が実家で父を「老老介護」していた。ところが震災で近くの小学校に両親が避難すると、環境の変化による不安や混乱などから、父の認知症が一気に進んだ。さらには、特有の症状から夜中に歩いたり、幻視で声を出したりするので、一般の避難所にはいられない。

 1月中旬は、「1.5次避難がミステリーツアーのような実態があった」と小田原さんは振り返る。市の職員から、集団で移動するバスの行き先は「職員でさえ把握できない」と伝えられた。実際に両親が移動後、丸一日は「行方不明状態」で居所がつかめなかった。

 ようやく産業展示館の避難所にいるとわかったが、介護が必要な父だけは、「家族でどこか施設を探してください」と避難先の担当者から告げられた。

「でも、金沢近郊の施設は輪島から避難してくる要介護者で満杯の状態。仕方なく当面は妹が住む埼玉の施設に短期入所させることにしました」

 実際、2月4日に筆者が金沢市のいしかわ総合スポーツセンターの1.5次避難所を訪ねると、運営する県のスポーツ振興課の職員はこう話した。

「多い時は240人、今は約170人が入所しています。当初、滞在は1~2日の想定でしたが、高齢者で生活に介助が必要な方が多く、なかなか行き先が決まらない方もいらっしゃる。2次避難するまでに時間がかかっている状況があります」

 こんな中、要配慮者を2次避難先へ「つなぐケア」は、実質的にどこが担っているのか?

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