2020年にマッキャンヘルスを辞めて、健康分野のコンサルティング会社「Down to Earth(ダウン・トゥー・アース)」を起業しました。企業の健康戦略の立案や、国際機関や国・自治体などの政策や施策のアドバイスに携わっています。さらに2023年12月には、「Down to Earth BEYOND HEALTH(ビヨンド・ヘルス)」という医療や介護に関する事業をおこなう別の会社を立ち上げました。そのきっかけとなったのが、祖父母4人の介護と看取りを経験したことです。

林 英恵/はやし・はなえ
パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者、Down to Earth 株式会社 代表取締役
(撮影/写真映像部・高野楓菜)

――父方、母方それぞれの祖父母について、どんな経過だったのでしょう。

 私の実家は、千葉県香取市で、過疎地域に指定されています。高齢化率は37%と、全国平均29%よりも高齢化が進んでいます。祖父母4人は香取市と近郊の多古町に住んでいて、みんなとても長生きでした。父方の祖父は100歳、父方の祖母は92歳、母方の祖父は96歳、母方の祖母は98歳まで生きました。

 いまから15年ほど前、最初に具合が悪くなり始めたのが、父方の祖母と母方の祖父で、介護が必要になりました。父と母のお互いの実家は車で30分くらいですが、それぞれの親と住んで介護するために別居することになり、それが15年以上続いたのです。母は20年以上続けた料理講師の仕事を辞めました。

 やがて父方の祖父と母方の祖母も介護が必要になりました。私が集中的に介護に関わったのは最後の3年ほどですが、仕事を減らして東京から引っ越しました。父と母、私の3人で祖父母4人の介護をしていました。病院の送り迎えも、同じ日に診察があるわけではないので、一つの病院が月1回だったとしても4人で4回になります。一人が複数の病院にかかる時期も度々ありました。さらに、母方の祖父は認知症もありました。もし4人が同時に急変したらどうしよう、という不安と緊張で日々を過ごしていました。

 印象に残っているのは、母方の祖母から「長生きしてごめんね」と言われたことです。私たちが、祖父母4人の介護で苦労していることを見ていて、申し訳なく感じたのだと思います。とてもショックでした。

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介護される本人がそれを申し訳なく感じる社会になっている