紫式部日記絵巻断簡
出典:国立博物館所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-12091?locale=ja)

 藤原道長紫式部の時代は、東アジア世界の転換期にあたっており、その影響は日本にももたらされた。歴史学者の関幸彦氏は、古代律令システムが中国(唐)を“お手本”としたのと比べると、『源氏物語』を誕生させた王朝時代は、“お手本”が希薄になっていった段階だと説く。「真名」(漢字)から「仮名」(平仮名・片仮名)への転換、天皇号の漢風表現からの脱却は、大陸的文明思考からの離脱を意味するものだった。関氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、紹介する。

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詩歌・管弦と貴族の嗜み

「貴族道」とは、(公卿や殿上人が)身に付ける所作・振舞いを含めての価値観のことだ。そうした価値観を共有する人々の行動様式の総体をさしている。

 貴族が追い求めた知性・教養に徹する世界でもある。文人気質を是とし、武力とは無縁の道だった。和歌を介して体現させる感情の機微は、その「貴族道」の基本中の基本だった。武人といえども、軍事貴族(武将)に源流を有した人々は、当然ながら和歌の素養が求められた。

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関幸彦

関幸彦

●関幸彦(せき・ゆきひこ) 日本中世史の歴史学者。1952年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科史学専攻博士課程修了。学習院大学助手、文部省初等中等教育局教科書調査官、鶴見大学文学部教授を経て、2008年に日本大学文理学部史学科教授就任。23年3月に退任。近著に『その後の鎌倉 抗心の記憶』(山川出版社、2018年)、『敗者たちの中世争乱 年号から読み解く』(吉川弘文館、2020年)、『刀伊の入寇 平安時代、最大の対外危機』(中公新書、2021年)、『奥羽武士団』(吉川弘文館、2022年)などがある。

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