『トランヴェール』の沢木耕太郎の連載は、2016年4月号から始まり6年の長きにわたって続いた。(撮影/写真映像部・佐藤創紀)
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 JR東日本の新幹線に乗る楽しみのひとつは車内誌『トランヴェール』を読めることだ。JR東海の『Wedge』はグリーン車でしか読めないが、『トランヴェール』は普通車の座席ポケットにも入っている。

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『トランヴェール』のファンになったのは、なんと言っても巻頭の見開きの旅のエッセイを沢木耕太郎が書いていたからだった。

 今回JR東日本で広報を担当する渡辺友佳子さんに調べてもらったところ、『トランヴェール』の巻頭に旅についての連載のエッセイの掲載が始まったのは2001年4月から。最初の筆者は元中央公論の編集者で『時代屋の女房』で1982年の直木賞を受賞した村松友視。以来、28人の筆者たちが、巻頭で旅と人生について綴ってきた。

 主な筆者を並べてみると、高橋克彦、嵐山光三郎、西木正明、田中優子、藤原正彦、浅田次郎、池内紀、泉麻人、伊集院静、角田光代、荻原浩、そして現在は柚月裕子とそうそうたる書き手が巻頭を飾ってきた。

 しかし、この中でも圧倒的に連載期間が長かったのが沢木さんだった。この巻頭エッセイはどんなに長くても2年、短ければ3カ月で筆者が交替をしている。

 そうした中で沢木さんは、2016年4月から2022年3月までの6年間にもわたって連載をしている。

 なぜだろう?

6年にわたる最長連載の秘密

『トランヴェール』の最終ページには読者プレゼントが毎号掲載されている。いまどき葉書で応募をしなくてはならない。その葉書の余白に、沢木さんのエッセイの感想を書いてくる読者が圧倒的に多かったのだそうだ。それだけ心動かされるエッセイだったのだ。

 これは自分もそうだった。

 正月に妻の実家に挨拶に行った帰り、東北新幹線に乗った。2019年1月。あと3カ月で会社員生活ともおさらばすることの不安と、とりかかっている本が受け入れられるだろうか、という不安。その二つの不安でいっぱいだった。

 しかし、普通席のラックに入っていた『トランヴェール』で沢木さんのエッセイを読んだらば、すーっとその不安が消えていくような気がした。

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