こうして、沢木が旅した東日本のさまざまな写真が、カラーで大きく掲載される2ページのエッセイ、「旅のつばくろ」が始まった。

 この『トランヴェール』という車内誌には、編集にある厳しさが存在するように思う。

 たとえば他の車内誌だと、書き手の中に明らかに、自分のクライアントにむけて書いているエッセイがあったりする。しかし『トランヴェール』は巻頭の旅のエッセイにしても、中の特集にしても、あくまで読者を向いている。

 JR東日本によれば、この雑誌は閲読可能者数という数字をだしているそうだ。これはJR東日本の新幹線に乗り降りする年間の乗客を12でわった数で、月間、このくらいの人が新幹線でこの雑誌を手にとる可能性がある、というものだ。その数、900万人。

 それだけの人が手にとる雑誌だから、なおさら読者のほうを向かなければならないのだろう。

「旅のつばくろ」の最終回は、2022年3月。

 沢木さんが学生時代百貨店のアルバイトをしていた話が綴られている。買い上げた品物を客に届ける役目を任され、多くの政治家や経営者の家に届け物をするようになった。

 中にはアルバイト学生に対する扱いが露骨に横柄な態度をとる家もあった。そんな中で三田にある高級アパートに届け物をしたときに、初老の紳士が応対した。その態度が自然で「普通でいて、優しかった」。その人はソニーの創業者のひとり井深大(まさる)だった。

 私も週刊誌の記者をやっていたときに、三田のそのアパートに井深さんを訪ねたことがあるがまったく同じ印象を持っていた。

 この最終回を沢木さんはこんな言葉で終えている。

〈私が人に会い、人から話を聞いたり、話をしたりするということを中心にした仕事を続けてきた中で、もしひとつだけ心がけてきたことがあったとしたら、それは誰に対しても同じ態度で接するということだったような気がする。人によって態度を変えない〉

 JR東日本の車内誌『トランヴェール』のよさもそこにあるのかな、と思った。普通車の自由席でもグランクラスでも読むことができる。人によって態度を変えないいさぎよさ。それが編集のクオリティーにもつながっているように感じる。

○下山進(しもやま・すすむ)/ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文春文庫)など。

AERA 2024年1月1-8日合併号